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June 2004

June 30, 2004

ロヴロ・ポゴレリチの夏の活動

6月28日から7月4日まで、弟のロヴロ・ポゴレリチによるマスタークラスがスロヴェニアで開かれています。2001年から始まったこのサマー・マスター・クラスは、今年で4回目だそうです。

http://www.drustvo-tartini.si/ars

期間中の一週間、朝10時半から夕方6時まで、昼食休憩を挟んでレッスンが毎日行われ、最終日には受講者全員参加による終了演奏会があり、修了証も授与されるとのことです。

また、ロヴロはこのあと、7月28日から8月7日までクロアチアでサマー・フェスティバルも主宰することになっており、こちらは99年創設以来続いているイベントだそうで、今年も彼自身、参加して演奏します。ピアノではほかに、アンドレイ・ガヴリーロフも出演するようです。

http://www.lovropogorelich.com/festivals/

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June 29, 2004

メジュゴリエ巡礼

これは最近発見した記事で、いずれは「海外記事」のコーナーに掲載するつもりなのですが、ポゴレリチのカトリック教徒としての生活を垣間見ることの出来る、ちょっと興味深い内容だと思いますので、概略をご紹介します。

旧ユーゴスラヴィアのボスニア=ヘルツェゴビナに、メジュゴリエという場所があって、ここは81年に聖母マリアが姿を現し、子供たちに神の言葉を伝えたということで有名です。その後も幾多の奇跡が起こったと伝えられており、巡礼者が後を絶ちません。ポゴレリチも、療養中だった2002年の5月1日、ここを訪れて十字架の丘への道を登りました。これは彼にとって、二度目の聖地訪問でした。

http://www.medjugorje.org/mpb174.htm

↓こちらはGloriaの記事で、見たことはありましたが、ようやくメジュゴリエの話だとわかりました。
http://www.gloria.com.hr/site/mainpages/detail3.php?godina=2002&mjesec=svibanj&broj=383&link=pogorelic383.htm

ポゴレリチは、「道を登るのは長く忍耐のいるものだが、頂上に着いてみると、心の均衡と平安を得るために、あの肉体的な困難を乗り越えなければならなかったのだ、ということがわかる」「(周囲に大勢の友人や同行者が居たにもかかわらず)私は完全に孤独で、自分の思索の中に埋没していた」と、現地の週刊誌の取材に答えて語っています。

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June 28, 2004

レコード芸術7月号の記事

発売中の『レコード芸術』7月号は、カラヤン没後15周年の特集で、新連載『舞台裏の神々』の中に、ポゴレリチのエピソードが少し掲載されています。例の、84年の春に、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番をカラヤンと共演しようとしたとき、テンポ設定を巡って双方譲らず、結局決裂した、という話です。

それによると、ポゴレリチはカラヤンと試演する以前から、インタビューで「指揮者の言いなりになんかならない」と言明し、ひどく態度が悪かったのだそうで、それは確かに鼻持ちならない言動であっただろう、とは思いますが、『この記事がマエストロの眼から逃れるすべはない。もちろんピアニストは当日に指揮者からおそろしく冷ややかな扱いを受けることになる』という説明は、私から見れば、芸術家としてのカラヤンに対して、いささか無礼ではないか、という気がします。

私は、カラヤンともあろう人が、雑誌記事程度のものに左右されて、「俺様にたてつくヤツは許さん!」と若いソリストを最初から色眼鏡で見た、とは思えません。私は、芸術への評価と、演奏者の人格の問題を、無意識的に混同して論じる態度は、どうしても嫌いなので、よけいにこのように感じるのかもしれませんが、百戦錬磨の巨匠ならば、仮に相手が人間的に最低だと思っても、音楽的に見るべきところがあれば、きっと高水準の協奏曲を実現していたと思うのです。逆に、「態度が従順で可愛いヤツだから、凡庸な演奏でも大目に見てやろう」、などということもあり得ないと思っています。

そういう意味で、あのときカラヤンが怒ったのは、ポゴレリチがつけあがっていたから、ではなくて、何よりも、ポゴレリチがチャイコフスキーの解釈を(カラヤン的に見れば)度を超えて歪めようとしたから、ではなかったのでしょうか。

当時、レコ芸84年5月号は、「海外楽信」の欄でこの出来事をすぐに報じていました。その記事によると、共演が中止になったため、公開演奏会は急遽、協奏曲のかわりにチャイコフスキーの『悲愴』を演奏することにして予定通り行われ、当日、会場にはポゴレリチも姿を見せたそうです。そして『演奏後、客席を向いたカラヤンと視線があったとき、お互いにニヤリと笑ったり、という具合で、このあたり、一体どうなっているのか』とも書かれています。

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June 27, 2004

DVD『ワルシャワの覇者』を見るには

DVD『ワルシャワの覇者』について、全集として購入する以外に、なんとか見る方法はないのか、とメールに書かれた方が何人かいらっしゃいました。

発売当初より、いくらか普及したようで(^_^;、今のところ、ググってみた範囲では、以下の図書館で試聴が可能と案内されています。外部利用を受け付けているところもあると思いますので、どうしても見たい・聴きたいという熱意が勝ったならば(^_^;、図書館に直接アピールして許可を得る、というのも良いのでは!?今後、取り扱い図書館が増えるかもしれませんし、ご近所で発見されました場合は、ご一報下さいましたら、他の方々のお役に立てるよう、こちらに掲載させて頂きたいと思います。

聖学院大学図書館
聖学院大学HP

桐朋学園大学音楽学部付属図書館
桐朋学園大学音楽学部付属図書館HP

丸岡町視聴覚ライブラリー
福井県丸岡町民図書館教材目録


また、このDVD全集『ワルシャワの覇者』を企画した、Gakkenの白柳龍一氏のインタビューが、下記に掲載されています。

人の紹介 人+人

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June 26, 2004

DVDの買える海外サイト・その後2

JPOPHelp Music and Booksという、日本と台湾のCD・DVD・書籍を扱うサイトにも、ポゴレリチのDVDが出ていました。値段設定や、日本からの輸入品と書いてあることなどから、多分、国内盤のDVDそのものではないかと思いますが、私自身はここを全然利用したことがないので、内容については自己判断でお願い致します<(_ _)>。

ここに掲載されているDVDは「ショパン&スクリャービン」のほうです。

http://www.jpophelp.com/scripts/proddetails.asp?artist=Ivo+Pogorelich&dnum=200

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June 25, 2004

DVDの買える海外サイト・その後

前に、DVDの買える海外サイトでご紹介した、オーストラリアのeBayですが、実は、私もあれから、あそこで1枚、買ってみました。pogorelichで検索すると、DVDを出品している人が複数名いて、私はその中では安い値段設定の人から買いました。

結論として、私の買ったものに関しては、画質音質、完璧OKでした。演奏部分に関する限り、同タイトルの日本版DVDと全く同じものだったと言って良いと思います。出品者との連絡も非常にスムーズでしたし、メールも丁寧で、言うことなしのお取引だったと感謝しています。

が、実は、このDVD、とても不思議な仕様の品でした。だって、ケースのジャケット写真の上に印刷されているタイトルや、その裏面にある注意書きなどはすべて中国語で書いてあるのに、ケース裏面の曲目のところだけ、日本語で(!)書いてあるのです。これはどういう事情でこうなったのでしょうか。中国語圏の国に、日本版DVDが輸入されて、そこでジャケットがつけられ発売されたものということでしょうか(最悪は、フェイクという可能性も!?)。

更に言いますと、実は私はこれとよく似た仕様のものを、以前、日本国内の某ネットオークションで買ったことがあります。それもポゴレリチのDVDで、私はそのとき、初めて見るジャケットに好奇心が沸いて、購入してみたのですが、やはり、タイトルその他は中国語で、しかしケース裏面の曲目は日本語で書いてあるという、不可思議な品でした。そして中身は、国内版の正規品で出ている同タイトルのDVDと全く同じものでした。

当サイトのGuestbookでEddie様がご指摘になったように、私も、このDVDは英語圏ではもしかしたら発売されていないか、発売されたのだとしても非常に少ない部数しか出回らなかったのではないか、と思います。だから近隣の国には日本版が輸入され、その国でジャケットがつけられ、流通するようになったのではないでしょうか。

ポゴレリチの演奏が観たい・聴きたい、というご希望に関しては、このDVDは問題なく応えられる品だと思いますが、「ジャケットの端に至るまですべてホンモノでなくては!」と出自にコダワリがある場合は、ちょっとアヤシイ、という可能性も否定できません(^_^;。

それにしても、ここに報告を書こうとして、そのDVD『鋼琴大師・布哥來裏奇』による『鋼琴演奏會』を、今朝から一通り試聴してしまいました。気が付いたら昼だった。ああ~・・・・。

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June 24, 2004

2003年イスラエル公演記事UP

昨年夏のイスラエル公演についての、エルサレム・ポストの記事を拙訳にてUPしました。訳文としては全然こなれてませんが、お許し下さいませ(>_<)ヽ。原文を日本語に置き換えただけ、とご理解下さい。

http://www.geocities.jp/rc1981rc/foreignarticles.htm

しかし、先日も昨年夏のイスラエル公演についてで指摘したように、紹介記事は間違いだらけだし(もうひとつ発見しました、ユネスコの親善大使に任命されたのは1998年じゃなくて1988年では(^_^;?)、演奏会評は「もしもし、ちょっとイタいんじゃありませんか(^_^;」と尋ねたいような絶賛調だし、いろいろと面白い記事群でした。

ですが、このように斜に構えて読むのではなく、もし、このときの演奏会評を書いた批評家が、本当にこれほどまでに感銘を受けたのだとしたら・・・・と考えてみると、なかなか興奮させられます。この公演は是非、聴いてみたかったですね。彼の音楽が、俗世から隔絶された一種の独白のようなものであるということは、なんとなく想像がつくのですが、「天上の美と清浄の響きをもたらす」とはどれほどの演奏だったことか・・・・。

ともあれ、この記事に見る限り、ほぼ一年前のポゴレリチは、心身ともに安定していて、良い演奏会を行ったように思われます。

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この秋のアメリカ公演

当サイト内のスケジュールのページにも記載していますが、この秋、ポゴレリチのアメリカ公演が予定されていて、それらは未だに、キャンセルになったとは発表されていません。

http://www.geocities.jp/rc1981rc/schedule.htm

今年の3月に、5月のドイツ公演が中止になった記事がドイツの新聞に出たときには、今年はアメリカ公演・日本公演(!)も含め、ヨーロッパ公演等すべてキャンセルになる、と書いてあった筈なのですが、一連のアメリカ各地の演奏会は依然としてリサイタルの予定を掲載したままです。

10月13日 SPA主催リサイタル(詳細不明)
10月24日 カリフォルニア州サンフランシスコDavies Symphony Hall
10月27日 カリフォルニア州アーヴァインthe Irvine Barclay Theatre
11月10日 ワシントン州シアトルSeatle Symphonyソロ・リサイタル・シリーズ
11月18日 イリノイ州アーバナのイリノイ大学Foellinger Great Hall

イリノイ大学のは、演奏会前に無料のプレップ(prep)があると書いてあって、演奏曲目についてのフリートークのようなものらしいのですが、これにもポゴレリチは出席する予定だとか・・・・!???大学の音楽学部での演奏会ならではの企画、ということでしょうか。

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June 21, 2004

ポゴレリチのマスタークラス

yahoo!のポゴ板によると、ポゴレリチはごく私的なかたちで、マスタークラスで教える活動もしているようです。今年は彼の体調が良くないのなら、そういうことをしているかどうかわかりませんが、ポゴ板メンバーの友人で、イスラエル在住の若いピアニストが、これを受講したことがあると言っていたそうです。

この話を読んだ、別の投稿者が、そのレッスンは録音されていないのか?と今朝の投稿で書いていましたが、仮に録音されていたとしても、だからって、そんなもん、ネットで聴かせて良いもんじゃなし、この際、どうしようもないではないか・・・・(^_^;。

さて、他の人の投稿によると、生前、ケジュラッゼ女史はロンドンの自宅でピアニスト達の指導にあたっていて、噂ですがその生徒の中には、ヴォフカ・アシュケナージ(ピアニストのウラディーミル・アシュケナージの長男)もいたとか?父親のアシュケナージはあまりに偉大なピアニストですが、自ら指導にあたることはせず、敢えて他流試合に挑ませたのでしょうか(^_^;。

更にその投稿を読んでいくと、ケジュラッゼ女史のレッスンは、毎日来ることを要求され、しかも噂では一回60ポンドという値段だったとか。一ポンド200円ちょっととして13000円余りでしょうか。普通のピアノのお稽古として考えると、月謝でも結構高い、という感じですが、これが一回分の値段で、しかも一定期間、毎日レッスンして貰うとなると・・・・。しかし、かのイーヴォ・ポゴレリチの恩師であり夫人である女性の、じきじきのレッスンともなると、これくらいの値段にはなるのか(^_^;?

じゃあ、ポゴレリチ本人がやってくれるレッスンとなると、お値段は如何ほど?彼はチャリティ活動には熱心ですが、自分を安く売ることはしないと思われるので、かなり・・・・・、なのではないでしょうか。お金さえ払えば相手が誰であっても一定時間のレッスンはしてくれる、という教師も多いですが、ポゴレリチは果たして・・・・。投稿によれば、「私的でとても小規模なマスタークラス」とあるので、多分、プロのピアニスト対象で、それなりの人脈があって彼にコネクションをつけられる人だけが受講しているのでしょう。

でも私だったら、たとえ自分に立派な腕前と強力なコネがあったとしても、イーヴォ・ポゴレリチによるレッスンなんて、絶対に受講する勇気ないです。もしかして、レッスン室は真っ暗で、手元の灯りしかついていなくて、そこにフランケンみたいなポゴレリチがいて、『私が音楽を愛するのではなく、私の選んだ音楽が、私を愛さなくてはならない』などと呟いていて、・・・・鬼気迫ってるんじゃないかという気がする(逃)。

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June 20, 2004

更新(来日公演の記録)

95年来日公演の記録のページに、11月13日三鷹市芸術文化センターのリサイタルに関して、プログラム変遷の記録を書き足しました。当時の詳しい情報をご提供下さいました方々、本当にありがとうございました<(_ _)>。

11月13日三鷹市芸術文化センターのプログラム変更に関して

このときの来日公演は、他にも、前売り開始時に案内されていた曲目とは、大幅に違うものが演奏された公演地があって(東京Bプロは当初、オールベートーヴェンが予定されていたが、最終的にはベートーヴェンは一曲も演奏されなかった)、ポゴレリチのコンディションが良くなかったことが、その理由だったようですが、いろいろあった中でも初日の三鷹の混乱はかなりのものだったのではないかと思われます。

まず、前売り開始段階で発表されていた曲目から、来日前までの期間に、部分的な変更があり、これが「Aプロ」としてプログラム冊子に印刷されましたが、演奏会までの間に更に大幅に曲目が差し替えられ、この段階で、前売り開始前の予定にあった曲目はすべて姿を消しました。が、それで終わらず、演奏会当日になって、ポゴレリチの体調が非常に悪かったことから、再度、構成が変えられ、リサイタル後半の曲目が変更されました。

これらの変更の都度、主催者側からは、プリントが配られたり、当日会場での説明が行われたりしたそうで、対応に奔走させられた様子が偲ばれます。が、当日は結局、この状況でもアンコールを1曲、演奏しているので、少なくともポゴレリチ本人にとっては、ある程度、納得の行く演奏会だったのではないかと思われます(^_^;。

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June 19, 2004

DVDの買える海外サイト

ご質問を頂く中でいちばん多いのが、どうやったらDVDが手に入るだろうか、というもので、ポゴレリチのDVDが今になってこれほど入手困難になっていようとは、私としても大変意外です。CDのようにいつでも買えるものかと思っていました(^_^;。この際、ドイツ・グラモフォンかユニバーサル・ミュージックに再販希望のメールを出さなくてはと思っています。

さて、下記のオーストラリアのサイトで、中国語のジャケットですがポゴレリチのDVDが販売されていました。ご興味おありの方は、どうぞご覧になってみて下さい。

http://search.ebay.com.au/pogorelich_DVDs-Movies_W0QQfromZC3QQsaavailabletocountryZ15QQsacategoryZ11232QQsocolumnlayoutZ4QQsosortorderZ1QQsosortpropertyZ1

あとは、yahoo!shoppingのほうでも、今は流通していませんが一応、商品の登録はされているようですので、AlertMeのところをクリックしてチェックしておくと、入荷したときにメールが来ると思います。

(注:DVDで検索してヒットした項目ですが、↓これらは仕様のところにVHSとあるので、同内容のビデオソフトのようです)
http://search.shopping.yahoo.com/search;_ylt=AgDUeNf6Gx5sg2zqto6yIaMbFt0A;_ylu=X3oDMTBpOW43dXF2BF9zAzk1OTQxOTQ2BHNlYwNzcg--?p=Ivo+Pogorelich&X=&mid=3&did=&pf=&pt=&test=DFLT

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June 18, 2004

そこまで言う

以前ここで、93年のポゴレリチ国際コンクールのことを書きましたが(93年のポゴレリチ国際ピアノコンクール)、昨夜、別のことを調べていたら偶然に、Ambassador Reportというページに出会い、また少し、このコンクールについての話を読むことが出来ました。

と言っても、このサイトは、そもそもアンバサダー・カレッジの同窓会の一部が、カレッジやアンバサダー・ファウンデイションの現在の方向性に異論があるとし、「真実を暴く」というような目的で発行した上記Reportをまとめて掲載したものらしく、内容は提灯記事の正反対、ポゴレリチについても、否定的なトーン全開でした。

ポゴレリチに関する記述は、94年5月の第55号レポートに掲載されています。画面をずっとスクロールしていったところで、確か七番目くらいの項目として、「The Puzzling Pogorelich」というタイトルで載っています。Puzzlingとは辞書的には「困惑させるような」という意味ですので、ここでは「不可解きわまるポゴレリチ問題」みたいな感じでしょうか?

記事は初め、前年12月のポゴレリチ国際コンクールの概略を紹介し、その審査結果について疑問があることや、地域の著名演奏家が審査に招かれず地元に不満が残ったこと、また、演奏家としてのポゴレリチ自身の偏りが無視できない問題であるということ、などに触れ、なぜこういう演奏家の名を冠したコンクールを、アンバサダーで受け入れ、行ったのか、と糾弾しています。

更に記事は、ポゴレリチの私的な面をも非難し、彼の態度が傲岸・不遜であることや、人前で喫煙することや、英語にスラブ訛りがあること、などから「近寄りがたい人間」であると書き、夫人のケジュラッゼ女史は彼より遙かに年上で女性専制君主であるとか、ポゴレリチはHIV陽性ではないかとか(←出た!これが話の発端か!?)、ほとんど誹謗中傷ちゃうんかというような話を羅列し、芸術的にも宗教的にも(この団体はキリスト教系)、ポゴレリチのコンクールは疑問だらけだとしています。

お暇なポゴ・ファンの方がいらっしゃいましたら、どうぞ、読んで血圧を上げて下さい(^_^;。

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June 17, 2004

昨年夏のイスラエル公演について

ちょうど一年ほど前のイスラエル公演についての記事が、いくつか集まりましたので、近々ご紹介できればと思っています。昨年のこの時期は、ドイツのバート・キシンゲンでラフマニノフの協奏曲第2番を弾いたり、このイスラエル公演に出かけたり、そのあと秋には香港でも協奏曲とリサイタルを行ったり、等々、ポゴレリチは随分と積極的に活動していましたので、またきっと元気になって演奏会を再開し、出来ることなら日本にも来て欲しい、と思わずにいられません。本当にこれは、つい一年ほどまえの記事なのですよね・・・。

ポゴレリチのイスラエル公演に先立ち、昨年6月24日の「エルサレム・ポスト」に、その紹介記事が掲載されていました。それによると、このツアーではリサイタルが3回組まれていて、

7月 8日 テル・アヴィヴのマン・オーディトリアム
7月10日 エルサレム劇場、
7月13日 ハイファのオーディトリアム

と書いてあり、プログラムはいずれも、

ベートーヴェン:ソナタ・ヘ短調作品78「テレーゼ」
ベートーヴェン:ソナタ・ハ短調作品111、
スクリャービン:二つの詩曲作品32、
ラフマニノフ:「楽興の時」作品16、

ということだったようです。これらの途中に、シャロン首相の邸に招かれて、ひとつ私的なリサイタルを行っていますので、結果的に彼はイスラエル滞在中に4回の演奏会を持った訳です。

可笑しいのは、彼の経歴を紹介している部分で、「The pianist gained worldwide recognition by 1980, winning prizes in competitions in Italy and Canada(このピアニストは、イタリアとカナダのコンクールで賞を取り、1980年までに世界的にその名を知られるようになった)」とあって、その次がいきなり81年のカーネギー・ホール・デビューリサイタルの逸話になっているのですが、ちょっと、あの、そ、そりだけですか(^_^;?彼を紹介するのに、ポーランドで「落選」した話に全然触れていない文章なんて、私は初めて見ました。

「At 12, his family moved to the former Soviet Union, where he enrolled in musical conservatories.(彼が12歳のとき、一家は旧ソビエト連邦に移住し、そこで彼は音楽院に入った)」というのも、どう考えても誤りですよね。一家転住でソ連に行ったという記述は、他では見たことがありません。イーヴォ少年はひとりでモスクワに渡り、音楽学校の寄宿舎でそれから十年ほどを過ごした筈。DVD「ワルシャワの覇者」の中の「ケゼラーゼと語る」の部分でも、彼が自分でそう言っていたのだから、確かだと思うのですが。単なる事実誤認か、それともイスラエルの常識とか制度の範囲内では、12歳になる少年が単身で外国留学、というのは、あり得ないことなんだろうか?

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June 16, 2004

ラフマニノフ第2番の記事追加

99年のアメリカ公演におけるラフマニノフのピアノ協奏曲第2番に関して、新たに見つけた記事の要約を追加しました。
http://www.geocities.jp/rc1981rc/rach2index.htm

ミネソタ公演とワシントン公演についてがメインですが、そのほか、小さい記事もいくつか追加しています。newのマークのついている箇所が更新したところです。ワシントン公演に関しては、指揮のスラトキンとの相性が結構良かったらしいことが伺われ、批評も好評であることから、指揮者と衝突することなくポゴレリチの思い通りにこの曲を弾くことが出来たなら、更に何か伝わるものがあったのかもしれない、と、つい、考えてしまいました。協奏曲はピアニストひとりの技量でどうこうできるものではなく、指揮者や管弦楽次第という部分もかなりあるので、こういう点で妥協できなかった演奏家は、やがて、「弾き振り」という形態を追求するようになるのかもしれない、と思ったりもしました。

ところで、9月にミネソタ公演の批評を最初に書いたのはM・アンソニーという批評家なのですが、この方は、ポゴレリチの演奏がとにかく全然気に入らなかった様子で、ミネアポリスでの公演をさんざんにけなし、聴衆のスタンディング・オヴェイションさえ「慣習的なもの」と断じ、その後10月最後の週のロンドン公演が終わるやいなやこれを取り上げ、「フィラデルフィアでは聴衆にヤジられ」「ロンドンでは更に大きなブーイング」とだめ押しし、更に11月末の記事で指揮の大植英次が「ポゴレリチの解釈に添ってしまったことを後悔していると述べた」とわざわざもう一度書き、それでも足りずに、年末12月26日のTHE YEAR IN CLASSICAL MUSICという記事でもう一度一連の話のおさらいをして「Harrumph!」(咳払い)で締めくくり、・・・・アンソニー様、もうよろしくてよ(^_^;、と私はそのシツコさにちょっと辟易しました。

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June 15, 2004

かつて再婚の噂があった

あれからGloriaのほうは特に新しい動きも情報もないようです。ポゴレリチがHIV陽性だという(エイズだという)噂があったのは私も聞いたことがあって、これは都内の某音楽大学の学生さんから伝わってきた話だったのですが、yahoo!のポゴ板でも触れられているところを見ると、全世界的な噂だったのですね。

しかし、噂は所詮、噂なので、結局、「嘘かホントか全然わからない」という点ではファンは誰しも同じです。煎じ詰めれば真相なんてご本人しか知らないことも多いでしょう。噂と言えば、数年前、ポゴレリチが再婚した、という噂があったことをご存じでしょうか。これも噂は噂、真相はやっぱりわかりません。

ただ、この噂には一応、根拠があって、ドイツのエージェントConcerto Winderstein Munchenが掲載している彼のプロフィール欄に、以下の記述があったことが、話の発端になっています。

Dann kamen die neunziger Jahre. Pogorelich hatte seine Klavierlehrerin geheiratet, alles wurde ruhiger,
(それから90年代になった。ポゴレリチは既に彼のピアノ教師だった女性と結婚していたので、すべてが落ち着き・・・)

なんとも微妙な記述ですが、ここだけ読むと、90年代になって彼は新たに結婚をした、というふうに取れないこともない。ケジュラッゼ女史が亡くなったあと、彼は再婚をし、やっと身辺が落ち着いた、ということが書かれているのでしょうか。が、一方で、この箇所は英語の過去完了にあたる時制で書かれている(らしい)ので、そうすると、これは90年代より更に古い時代を指し、もともとの、ピアノ教師であったケジュラッゼ女史と結婚していたことを意味しているとも取れる???この話も依然として謎のままです。

しかし、ケジュラッゼ女史が亡くなって以降の、彼のピアノの指導者、というかメンターにあたる女性というと、ミルコヴィチ音楽院のマリーナ・アンボカーゼ女史だろうということになりますが、この方、1939年生まれで、ポゴレリチより二十近く年上です。そんな結婚って、アリ?・・・いや、私の希望は誰も聞いとらんって(^_^;。

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June 14, 2004

Gloriaに関する進展は無く・・・

Yahoo!のポゴ・グループ・メンバーは昨日からGloriaの写真を巡って活発に投稿しています。が、確かな情報や雑誌のライターからの返信などは、まだ全くないようです。そのうえ、今朝見たら、昨日最初にこの雑誌サイトへのリンクを貼った人が、関連の投稿をすべて削除してしまっているようで、記事のURLも今は見られなくなっています。きょう初めてあの板を閲覧した人がいたら、話の発端がわからなくて困惑してしまうかもしれません。

投稿を見ると、あの写真のポゴレリチの様子はまるで癌患者のようだ、という意見や、十年ほど前に、彼がHIV陽性だという噂を聞いたことがあったからエイズなのでは、という憶測など、いろいろと出ているようです。が、投稿者は皆、ポゴレリチ・ファンですので、そういうことを単に刺激的な噂として書きたてているのでないことは明らかだと思います。最初、『今回の写真のほうが、前のスカート事件のときよりいいじゃないか』という主旨の投稿があったとき、即座に、『何を理由に今回のほうがマシだというのか。以前のは元気そうだった。健康でさえあれば何を着ていようと全然構わないが、今回のは重病みたいに見えるではないか』という意味のレスがつき、もとの投稿者がすぐにそれを認めて謝罪していました。

真相は全くわかりません。が、仮に病気なのだとしても、彼があの写真を公表した以上は、何も隠すつもりはないということなのでしょうから、ポゴ・グループの皆がこの話題について様々に発言していることもまた、基本的に問題はない、と私自身は思っています。あの記事について、何か、もうちょっと情報があると良いのですが。・・・・ああ、CDエクスプレス『セルビア語クロアチア語』をちゃんとやっとけば良かった(←依然として眺めていただけ)。

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June 13, 2004

一昨日のGloria

Yahoo!のポゴレリチ・グループにあった投稿ですが、一昨日6月11日金曜日に、クロアチアの雑誌Gloriaにポゴレリチの記事が掲載されました。内容は、彼がこれからスペインで休暇を過ごす予定で、スペイン王妃に謁見することになっている、というものだそうですが、そんなことより、最初に出ている写真は、一体、どうしたことか。髪の毛が、無い!???

Yahoo!の投稿者もこれでほとんどパニック状態のようですが、この左側に写っている男性は本当にポゴレリチ本人なのでしょうか?ロンゲ道楽に飽きて剃髪したのか、スキンヘッドで王妃に謁見はないだろう、という話だったら私はもう、この際いくらでも笑って差し上げますが、そうではなく、彼は、重病なのではないか、というのが、投稿者の主張でした。問題の記事は↓で見られます。

http://www.gloria.com.hr/site/mainpages/detail3.php?godina=2004&mjesec=lipanj&broj=492&link=pogorelic492.htm

上記のURLで記事が開かない場合は、下記URLのトップページから入って、左側のTRAZILICAの欄にpogorelic(クロアチア語の綴りですので通常ある語尾のhは無し)と入れ、Goをクリックするとポゴレリチ関連の記事の見出しが出ますので、そのいちばん上のを選択すれば、この記事が見られます。

http://www.gloria.com.hr/site/mainpages/index.php

この記事をYahoo!に投稿した人は、なんらかのツテを持っているのか、それともクロアチア語ができるからということなのか、とにかく、このGloriaの記事を書いたライターにメールで写真について問い合わせをしてみる、と書いていました。この写真は本当に現在のポゴレリチ本人なのか、彼の健康状態はどうなのか。返事があればまた投稿する、とのことでしたので、こちらにも掲載したいと思っています。

ちなみに、この記事に掲載されている他二枚の写真はどっちも大丈夫(^^ゞですね。二枚目の協奏曲風景の、ガタイの良すぎるソリストは間違いなくポゴレリチだし、三枚目のヒゲ面もどう見ても彼です。三枚目の写真の左から二人目・三人目は、エリザベトとゲオルギーと書いてあり、彼らはポゴレリチの義理の息子夫婦(ケジュラッゼ女史のご長男夫婦)のようです。

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June 11, 2004

チャイコフスキー・コンクール

yahoo!のPogorelich Groupで、昨日からElyse Mach女史によるポゴレリチのインタビューのことが話題になっています。私がhttp://www.geocities.jp/rc1981rc/greatpianist.htmで取り上げている、Great Contemporary Pianists Speak for Themselvesの中の記述についてなのですが、yahooの投稿者によると、ポゴレリチがチャイコフスキー・コンクールにエントリーしていたことを意味する発言があるが、これは事実なのか?とのことです。

この投稿者は、"I should have known this before I entered the Tchikowsky, because I had no idea I was so unwelcome there"(僕はチャイコフスキーにenter(入る、エントリーする等の意味)するまえにこのことを知っているべきだった、なぜなら僕は、自分がその場所でそれほどまでに歓迎されていないということを全く考えもしなかったのだから)という箇所があったと指摘し、これはポゴレリチが、チャイコフスキーコンクールを受け、そこで落選した、という意味ではないのか、と書いています。

私も同書を所有していますので、早速調べてみました。・・・が!これに正確に該当する発言箇所が、見あたらないのです。私はこの本については、最初に出たハードカバーと、後にペイパーバックになったものとの、二種類のエディションを持っているのですが、どちらにも、よく似た言い回しの文章はあるものの、この通りの言葉は出てきていません。別の版がまだあるのでしょうか。

私の持っている版からすると、この箇所でポゴレリチがチャイコフスキーコンクールに言及したのは、飽くまでコンクールというものの一例を一般論として示すのが目的で、自分が受けたと言っているのではないと思われるのですが、・・・・誰か、ほかのメンバーでこの本を持っている人が意見を書いてくれないかな~~~(他力本願)。

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June 10, 2004

来年4月のドイツ公演

ポゴレリチの来年のスケジュールのうち、4月のドイツ公演に関して、ドイツのエージェントのページが更新されていました。曲目の詳細は未定のようですが、ショパン・スクリャービン・ラフマニノフを弾く予定らしいです。
http://www.concerto.de/artist/p_pogorelich/pogorelich_koz.htm

また、このうち、4月10日ライプツィヒのゲバントハウスで行われるリサイタルについて、チケットを取り扱っているページも見つけました。
http://www.kartenhaus.de/index.cfm?FuseAction=Show_Detail&log=07060405&ID=2965534

今年のドイツ公演だってチケット売り出しまで行っていながら中止になったので、過度な期待をしてはいけない(T.T)とは自戒していますが、でもこういう具体的な情報を見ると、なんだかやっぱり嬉しいです。

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June 09, 2004

Musicaglotz掲載のプロフィール和訳

以前ここで紹介した、フランスのエージェントmusicaglotzのサイトに掲載されている、ポゴレリチのプロフィール欄を和訳してみました。

http://www.geocities.jp/rc1981rc/frenchagent.htm

やってみてわかったのですが、これの元ネタとなった文章の起源は結構古くて、少なくとも90年代初頭に書かれていたもののようでした(って古文書みたいな言い様ですが(^_^;)。というのは、この文章とおよそ同内容のものが最初に登場しているのが、1993年来日公演プログラムのプロフィール欄だからです。以降、94年、95年、96年、97年、99年と来日のたびに、この文章は日本公演プログラムの中で使い回され、途中でケジュラッゼ女史が急逝したので、その部分が97年から書き足されたりもしました。

文章中に、「『今日公開で演奏を行っている中で、大変に人を引きつける演奏家のひとり』と、ニューヨークタイムズは、最近のポゴレリチのカーネギーホール・リサイタルについて描写している」という箇所がありますが、これは86年2月のNY公演についての、ジョン・ロックウェルによる批評です。2004年にもなった今から考えると、どこが「最近」なんだか。やはりこれが書かれたのは80年代の終わりから90年代の初めにかけてで、以来、あまり改訂されていないということのようです(^_^;。

そのあとに出てくる「ポゴレリチは時代の200年先を行っている」などというのは、もっととんでもない話で、これは81年のNYタイムズの記事です。20年以上も同じ文言で稼げるとはっ!!しかし、その次に書かれている、ロンドンでのプロコフィエフの話は、いつのものか微妙です。デビュー当時、ロンドンでこれを演奏したのは事実ですが、その後、90年代になってからロイヤル・フェスティバル・ホールで同曲を弾いた記録もありますので、この記事がどのあたりのものかはちょっとわかりません。

いずれにせよ、来日公演プログラムに日本語でほぼ同じ内容のプロフィールが幾度も掲載されていますので、熱心なファンの方にとっては特別に目新しい文章ではないと思います。ただ、私は素人ですので、逐語訳に近いかたちで日本語にしてみましたが、プログラム掲載の文章はそういう意味ではあまり細かい訳ではなく、必要な部分を意訳した、という雰囲気の文章だと思いました。

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June 08, 2004

ポゴレリチの市販ビデオ

某巨大掲示板で偶然みつけた情報ですが、某オークションにポゴレリチのビデオが出品されているそうです。例の、今ではほとんど手に入らないDVDのひとつである、『ポゴレリチ・プレイズ・ショパン&スクリャービン』の、VHSビデオ版です。

(ここに一度、そのオークションのURLを貼ったのですが、出品者の方や入札者の方にご迷惑になるかと考え直しまして削除しました。該当オークションが見つからない・具体的に知りたい、と思われる方は、私宛にメールでお尋ね下さるか、「指名手配中」と同意の英語W*NT*Dで検索なさって下さいませ~)

私が所有している同ビデオを調べてみると、発売は90年10月25日、著作権が89年ユニテル、版権が90年ドイツグラモフォン、となっています。

ときに、もとのLD制作を担当したUNITELという会社は、今、あるのでしょうか?まだあるのだったら大変失礼な言い様なのですが、この会社のHPは2001年以降、更新された形跡がないし、ポゴレリチのDVDが発売されたのも2001年(この時点では、少なくとも日本版DVDにはUNITELのロゴが入っています)、という具合だし、ドイツグラモフォンのHPからUNITELへのリンクも、確か数年前はあったと思うのですが今見てみると、見あたりません。

もしかして、UNITELは社名変更をしたか、あるいは・・・・(^_^;。ポゴレリチのDVD再販要望はグラモフォンに出すべきなのだろうか。どなたがUNITELの現在についてご存じでしたらご一報下さいませ~<(_ _)>。

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June 05, 2004

83年来日公演のNHKによる放映

The Showcaseでも触れたように、ポゴレリチの83年来日公演は、今ではあり得ない話ですがテレビで放映されました。NHKによって83年6月8日東京簡易保険ホール(ゆうぽうと)のリサイタルが収録され放映されたのです。そのときの曲目は、

ハイドン:ピアノ・ソナタ 第46番 変イ長調 Hob.XVI:46
ラヴェル:夜のガスパール(オンディーヌ / 絞首台 / スカルボ)
ブラームス:奇想曲 作品76-2・バラード 作品118-3
ショパン:ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 作品58

でした。このときは更に、前半の終わりのラヴェルと、後半の初めのブラームスの間に、別収録の、蜷川幸雄×ポゴレリチの対談も放映されました。私はこの録画を持っており、実際に自分で観て確認したので、曲目等、間違いはありません。

ところが、きょう、とあるポゴレリチ・ファンの方からのメールで、これとは別バージョンのNHK番組が当時あったことが判明しました。その方の文面によると、その映像では、対談は収録されていないかわりに、曲目が若干多かったそうです。まず、リサイタルの最初の曲がショパンの前奏曲嬰ハ短調作品45になっていて、以降は、この蜷川版と同じ曲目が続くのですが、ショパンのソナタ3番で番組は終わらず、このあと、花束攻めにあうポゴレリチの様子と、更に、アンコールが収録されている、とのことです。そのアンコールの曲目は、

スカルラッティ:ソナタニ短調 L366
スクリャービン:練習曲嬰ヘ短調 作品8第2
スカルラッティ:ソナタハ長調 L104

これらの曲目の83年当時の演奏はほかでは聴けないので、これは大変な貴重版だと思います。

が、私にはひとつ解せない点があります。それは、私の知る限り、この6月8日Aプロによる演奏会では、ショパンの前奏曲はプログラムに無いので、少なくとも本プロでは演奏していない筈なのです。それは当時のリサイタル評を読んでも確認できます。複数のリサイタル評を私は保管していますが、どの記述を見ても、リストアップされた演奏曲目の中に、この前奏曲は記録されていません。一方、ショパンの前奏曲そのものは、Bプロのほうにはあって、6月6日芦屋ルナホールと、10日の昭和女子大学人見記念講堂で弾いています。人見記念講堂での収録と思われる海賊盤にはこの曲が入っています。

これは、一体、どういうことなのでしょうか。別会場の映像でしたら番組としてその部分の絵だけがおかしくなるので、この曲も多分、同じ簡易保険ホールでの収録と考えるべきでしょうが、だとすると、例えば番組の編集で冒頭に持って来られただけで、実際には、アンコールでの演奏だったとか???

ちなみに、その花束攻勢の映像では、ポゴレリチは笑顔で、自らすすんで花束を受け取り、握手までしている様子が、しっかりと残っているそうです。ご覧下さいまし、私、嘘だけは申しませんことよ、黒田恭一先生?

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June 04, 2004

今月のClassica Japan

Classica Japanの6月の番組表を見ると、ポゴレリチに関しては、ベートーヴェン「エリーゼのために」と、スカルラッティの「6つのソナタ」を聴くことが出来るようです。どちらも初めての放映ではないと思いますが、未見の方やご興味おありのかたはどうぞ。80年代の終わりにLD用に収録した演奏です。

6月 5日(土)07:50 スカルラッティ「ソナタ集」
6月 8日(火)20:00 名曲の時間VOL.19より ベートーヴェン「エリーゼのために」
6月20日(月)09:50 ベートーヴェン「エリーゼのために」
6月24日(水)深夜00:50 ベートーヴェン「エリーゼのために」
6月28日(月)深夜01:00 名曲の時間VOL.39より スカルラッティ「6つのソナタ」
6月29日(火)11:50 ベートーヴェン「エリーゼのために」
6月30日(水)07:50 ベートーヴェン「エリーゼのために」

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June 03, 2004

怪しい投稿

今朝ほど、米YAHOO!のポゴレリチ・グループに、変な投稿がありました。ポゴレリチと全然関係ない内容で、「トクするサイトを紹介する」みたいな文面。言葉遣いも妙に馴れ馴れしいし、よくわからないサイトへの直リンもしてありました。

ヘンなの、と思ったので私はそのリンクを開いてみることはしなかったのですが、さきほど、同じグループのメンバーのひとりが、今度は、「悪意のスパム・メッセージはグループ代表者の権限で削除すべきだ」というような投稿をしていました。今朝ほどのは、やはりそういう怪しい内容だったのか・・・。

ケッタイな人は、洋の東西を問わず居るものですね。このグループがthe best pianistに関するthe best groupであるように、とあとのほうの投稿者は書いていました。全くだ!!

追記:更に別の人の投稿があり、このような問題はほかのグループでも起きたことが書いてありました。困ったことです。が、投稿数が多いときなどはグループ代表者の管理にも限界がありますね。結局は各自で気をつける、という結論に落ち着くのかしら。

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漢方マニア

扁桃炎で作業が滞りましたが、いろいろと更新の計画だけはあって、時間が足りない状態です。今、予定しているのは、フランスのエージェントMusicaglotzが自社サイトに掲載しているポゴレリチのプロフィール欄の和訳と、99年のラフマニノフ協奏曲2番演奏会関連のコーナーへの、新たに見つかった記事の追加と、昨年夏のイスラエル公演関連の記事の紹介、等々です。せっかく(有料の!)検索で巡り会った記事たちなので、なんとかかたちにして自分のサイトに記録しておきたいと思っています。

ところで、その私の扁桃炎は、第二世代ならぬ新世代セフェム系抗生剤であるフロモックスを3日間服用したら、ほとんどなおりました。からだのだるさが取れ、口蓋扁桃の腫れが引き、化膿が止まる様子は、劇的なほどでした。薬は怖いけれどやはり有り難いなあと心底思いました。また、抗生剤と同時に、私が信奉しているのは漢方薬で、銀座にあるコタカ・クリニックに、これで二年くらい、ずっとお世話になっています。今回も、麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)を処方して頂き、私の体質には合っていて、とてもよく効きました。ここは、国立がんセンターの外科医でいらした小高先生が、途中から漢方ひとすじに勉強されて開業されたクリニックなので、西洋医学的な相談にも乗って貰え、ひとりひとりに合った調剤をして貰えるので、いつも本当に有り難く思っています。

ポゴレリチがこのクリニックに来ているかどうかは知りませんが(^_^;、彼もまた漢方愛好者?のひとりであるのは確かで、日本に居るときはずっと漢方医のところに通っている、と以前、インタビューで述べていたことがありました。ヨガに熱中していたことのあるポゴレリチなので、東洋医学にも特に抵抗はなかったのでしょう。

この小高先生の著書にもありましたが、漢方は、ひとりひとりの生活歴や、日常の過ごし方など、すべてが要因となって薬の配合が変わって来るので、外国人に処方するのは、難しい面もあるそうです。しばらく診察に通って貰ったり、生活の様子を聞いたりして、情報が得られると、より適切な処方が出来るものだそうです。

そういえば、全然関係ない話ですが、知人の精神科医の男性が言っていたところでは、滅多にないが患者でガイジンが来ることがあって、そうすると、精神的に安定なのか不安定なのか、顔をちょっと見たくらいでは(日本人じゃないので)よくわからん、ということでした(^_^;。なんだか笑えました。

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June 02, 2004

93年のポゴレリチ国際ピアノコンクール

かつて、ポゴレリチ夫妻が主催者となり、イーヴォ・ポゴレリチの名を冠したコンクールが、アメリカの西海岸の街パサディナで行われましたが、この出来事については当時、日本にどの程度、報道されたのでしょうか。確か、日本から百瀬喬氏が審査員として参加なさったのではなかったかと思うのですが(大変心許ない記憶(^_^;)、私は少なくとも日本国内の記事等では、このコンクールの顛末を詳しく読んだ記憶は、ありません。

当初の予定通りにことが運んでいれば、このコンクールは93年の第一回からあと、三年に一度開催され、それなりに歴史を重ねていたであろうと思いますが、ケジュラッゼ女史が急逝した96年以降、計画は頓挫し、残念ながら現在も、見通しはあまり明るくないのではという気がします。ポゴレリチ本人はもともと、このコンクール事務については直接の関与をしておらず、「晩餐会のホストを務めてもいい」と冗談を言っていたくらいなので、夫人の力なくしては、次の開催は難しいのではないかと思われます。

さて、このほど、例によってHighBeamで検索をかけて調べてみましたら、アメリカの新聞・雑誌記事には、このコンクールのことがそれなりに詳しく出ていました。済んでしまったこととは言え、私にとっては目新しい話も多く、読んでわかった範囲では、小さいながら騒動も起こっていたりなどして、やはり、ポゴレリチらしい展開だったのかな、という印象を受けました(^_^;。

このコンクールは、1993年12月2日~16日に行われたので、93年のポゴレリチの日本公演直後という時期にあたっていた訳ですが、優勝者への賞金が約一千万円という破格の金額だったことが、当時でも話題だったのを覚えています。もうひとつの特徴は、参加者の年齢制限に上限がなかったことで、エフゲニ・ザラフィアンツがこれを受けたのも、年齢がひっかからなかったから、ということを、のちにインタビューで言っていたことがありました。

騒動になったのは、選抜をめぐる疑惑(?)に関してで、本選出場者のひとりが、ケジュラッゼ女史の又従兄弟だったとか、そもそもエントリーしていた面々の多くがケジュラッゼ女史の生徒や元生徒だった等々、ポゴレリチ夫妻がコンクールを完全に私物化して、公正な審査を行わなかった、という議論が沸騰したのだそうです。自分が主なスポンサーになって自分の名前を冠したコンクールを作ったのだから、今更、私物化とかなんとかいうレベルか?、というのが外野の野次馬である私の感想ですが(^_^;、しかし真摯な気持ちで参加した当事者達にとっては、たとえ噂でもこういう話は、看過できないものと思われただろう、というのもまた、十分に察することが出来ます。

話を聞こうとしたロサンゼルス・タイムズの音楽評論家マーティン・バーンハイマーと、ポゴレリチとが、会場となったホールの階段のところで、コンクール終盤の12月13日に、かなり派手な言い合いを展開した、とも書かれており、ことの真相はともかくとして、何をやってもテンションの高いポゴレリチらしい話だとちょっと笑えました。

私が知りたいのは外側からの評判ではなく、むしろ、ポゴレリチ自身はこのコンクールの成果についてどう思ったのか、ということのほうです。彼なりに理想を掲げて新設したコンクールでしたから、それがどの程度、達成できたのか、彼のほうからの評価を、是非、詳細に聞きたいものだと思いました。

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June 01, 2004

抗生物質の後遺症

High Beamは一週間では使い尽くせませんでしたので、今年はこのまま契約してみることにしました。ああ大劇場A席観劇二回分!こうなったらこれから頑張らなければ。元を取らねば!

検索をやり尽くせなかったのは、元の資料が膨大だったというのが勿論、いちばんの理由ですが、そのほかにも、私が急性扁桃炎になってしまい、体調不良のためにあまり根を詰めることが出来なかった、という事情もありました。これがなかったら夜を徹して頑張ったかも(^^ゞ?

扁桃炎で思い出したのですが、ポゴレリチは子供の頃、リウマチ熱に罹ったことがある、という話を自分でしていたことがありました(99年イギリスの新聞Guardianより)。リウマチ熱は、溶連菌感染症による上気道炎(扁桃炎や咽頭炎など)が外見上治癒したあとに発症する、自己免疫疾患のひとつで、関節炎や心臓弁膜症などを起こすものです。学童期に多く、彼の話でも罹患したのは少年時代ということでしたので、モスクワに行った前後くらいの時期だったのでしょうか。

で、ビックリしたのは、その記事では、このとき使用された「第二世代抗生物質」のために手に後遺症が残ったとかなんとか、彼自身が話していたことでした。私はちょっと薬マニアなところがあるので、この話には特に興味を持ったのですが、そんな副作用のある抗生剤って、いったい何が使用されたのかしら。「第二世代」というのは私の知っている範囲では、多くの場合、セフェム系抗生剤の分類に使う語で、これだと今の我々でも日常よく処方されている薬ですが(セフゾンやパンスポリンなど)、これらにそんな危険な(!)副作用があったというのは知りませんでした。

更に心配、と同時につい、興味を持ってしまうのは、その手の後遺症というのが、一体、如何ほどのものだったのか、ということです。ピアノ演奏に支障を来すことは無かったと思って良いのでしょうか。彼が自分から話題にしたことなので、ちょっと訊いてみたい誘惑にかられました。このときのインタビュアーはその点、尋ねてみなかったのかしら。

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