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September 2004

September 30, 2004

マエストロのメアド

The Philharmonic Society of Orange Countyにある通り、ポゴレリチは10月27日午後8時から、カリフォルニア州アーヴァインのバークレイ・シアターでリサイタルを行う予定になっていますが、ポゴレリチは、いつからかはわかりませんが、この公演の主催であるフィルハーモニック・ソサエティのboard member(委員?役員?)になっています。ここは、演奏会の企画や、音楽教育、ボランティア活動等を通じて、クラシック音楽を支援する団体のひとつであるようです。

その関連で、彼はここに、ひとつメールアドレスを持っているのです。

Ivo@philharmonicsociety.org

ここにメールしたら彼に届くのでしょうか(^_^;)。結構親切だったコロンビア・アーティスツ・マネージメントのロンドン事務所が、今、サイト自体を閉鎖したか引っ越しさせたかで、(私から見たら)行方不明になっているので、ポゴレリチへのファンレターの宛先もわからなくなっていたのですが、少なくともアメリカ公演期間中ならば、このフィルハーモニック・ソサエティがひとつの宛先になってくれるかもしれません。・・・・・送る勇気のある方、どうぞっっっっ

直接関係ないですが、弟のロヴロ・ポゴレリチのほうは、Zagreb Concert Managementザグレブ・コンサート・マネージメントが全面的に窓口になっているようです。ロヴロの公式的連絡先は、以下の通りです。

nina.pogorelic@zg.htnet.hr

このニーナさんという女性の名前が、ロヴロ関連ではプロデューサーとしていつも掲載されているのですが、この方、名字が「ポゴレリチ」ですね?ロヴロの奥様なのか、血縁関係のどなたかなのか、それとも同姓の他人なのか?

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September 29, 2004

ポゴ板ウォッチ

どうも、このブログが、Yahoo!のポゴ板ウォッチングになりつつあるようで心苦しいものがあるのですが・・・(^_^;)。今朝ほど、ポゴGroupの人から一件あった投稿が、メールでの配信はされたのですが、なぜかネットでは読めないので一応ご紹介しておきます。投稿者によって削除されたのかも?問題ある投稿とは思われませんでしたが。その後、同じ人から補足のメールも配信されました。

それによると、この人は6月28日にポゴレリチとじかに話をした、と書いていて、その限りにおいては、彼は少なくとも健康面での問題はなさそうで、快活に話をしてくれた、とのことでした。また、この人の観察によると、例のパリのスカート事件の写真は、多分、彼が好んで着用している(好むなよ)黒のハーフパンツが、偶然にスカートのように見えただけだろう、とも。

体力的に問題がないのなら、では、なぜ演奏会をしないのか。『どういう状況であるにしても、こんなにキャンセルが多くては、彼は全然アテにならない。こんなことでは音楽だって駄目になるのではないか』という主旨の、先の投稿者とは別の人による怒りの投稿も、このあと掲載されていました。

確かに。弾くかも、と思わせぶりに言っては中止、結局演奏会もせず録音もせず、では彼が何をしていたかというと、やれクロアチアで保養だ、スペインでバカンスだ、ドイツで温泉だ、と過ごしていて、その間にロン毛にはなるハゲにはなる、たまさか雑誌に出てくれば脳天気なコスプレ?で女とツーショット。なめとんのかオノレは!とお怒りになる向きも、理解できないことはありません(^_^;)。

ですが翻って考えてみると、我々は特別な実害を被った訳ではないのです。はるばると行ってみたら当日演奏会がキャンセルだった、という目にあった人もいないし、ドイツでは現に演奏会はあったし。ミーシャの件なんか来年の話なのでこの程度の予定変更は許容されるべきでしょう。それがどうしてこんなに腹が立つのかというと、「もしかしたら今度こそ聴けるかも」「やっと全面復活して以前のように弾いてくれるのかも」という切ないまでの期待が、その都度、裏切られている、その繰り返しがファンとして耐え難い、ということなのだろうと思います。

半月後に迫ったアメリカ公演は、果たして、本当に、あるのか!?

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September 28, 2004

ミーシャとの共演、一転、キャンセル!!

来年2月のプレトニョフとの共演が、キャンセルになってしまいました~!Yahoo!のポゴ板に今朝(日本時間4時頃)、キャンセルの報が載り、フィルハーモニアの該当ページで確認したところ、確かに、ソリストの名が空欄になっていました。このブログの、すぐ下の記述で「決定!」などと書いている私って、一体・・・(^^ゞ。

http://www.philharmonia.co.uk/showevent.php?cid=653

Yahoo!のほうは、ロンドン在住の某ポゴファン男性が、昨日、フィルハーモニアに電話で確認してこのことがわかった、という投稿でした。それによると、ごく最近、ポゴレリチ側がこの共演をキャンセルして来て、でもプレトニョフのほうは降りていませんので、今、かわりのソリストを探しているということでした。なんだか、恐れていたとおりの展開っていうか。

アメリカ公演も、本当にあるのかどうか、いよいよ心配になって来ました~~(>_<)ヽ 。

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September 23, 2004

Unitelのその後

1986年頃にポゴレリチのリサイタル6種類の映像を収録し、LD(次にVHSビデオ)として製品化した会社であるユニテルは、その後どうなったのか、もしかしたらもうツブれてしまったのではないか(^^ゞなどと、私は失敬なことを思っていましたが、きょう何気なく見たら、サイトが更新されていました。

UNITEL

ここが存続しているということは、ポゴレリチのDVDもまだ日の目を見る可能性があるかなと思いますが、どうやら、ユニテルは個別の商品発注には応じていないようで、ポゴレリチのみならずその他の様々なアーティストの映像も、主としてテレビ(ドイツClassica)への提供をするために、管理しているらしいです。ドイツClassicaの公式サイトへのリンクが、ユニテルのトップに貼られています。

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September 21, 2004

ミーシャと共演、決定!

先日書きましたプレトニョフとポゴレリチの共演の件、いよいよ本格的に決定し、チケットも購入可能になっているようです(チケット発売の日程に関する情報は二転三転しましたが、結局、当初の「9月に発売」というのは当たっていたことになりますね(^_^;)。下記の通り、フィルハーモニア管弦楽団のHPに正式に情報が掲載されました。

http://www.philharmonia.co.uk/showevent.php?cid=653

会場となるのはロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホール、オケはフィルハーモニア管弦楽団で、2005年2月3日午後7時半、ミハイル・プレトニョフ指揮、プロコフィエフ『ピアノ協奏曲第3番』。夢のような顔合わせですね。

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バート・ヴェーリスホーフェンとは

バート・ヴェーリスホーフェンは89年の夏以来、ポゴレリチにとってお気に入りの場所で、十年近くに渡って自分の音楽祭まで主宰したほどで、近年でもたびたび保養に訪れているそうですが、さて一体、どのような場所なのでしょうか。日本人にとっては、ポピュラーな保養地ではないように思いますが・・・。

↓が、どうやらバート・ヴェーリスホーフェン関連のドイツ語HPらしく、いろいろと写真が見られます。とても綺麗な施設がたくさんあるようです。都会の人たちが保養や湯治、ダイエット等の目的で優雅な休暇を過ごしに来る場所なのでしょうか。

http://www.schwarzaufweiss.de/deutschland/woerishofen1.htm

ちなみにドイツ語の「bad」(バート)とは「温泉」の意味だそうです。ミュージカル「エリザベート」で皇帝が見合いに出かけたのが「バート・イシュル」でしたが、あれもこの系統の地名ですね。日本にも箱根やら灘浜やらにバーデンなんとかという宿がありますね~・・・(^_^;。

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September 20, 2004

ミーシャとの共演は

Yahoo!のポゴ板でもちょっと話題になっていますが、来年2月にロンドンでミーシャ(プレトニョフ)と共演する話は、未だにフィルハーモニアの公式サイトにUPされていません。ミーシャの某・非公式サイトを見ると、日本語版のスケジュールにはソリスト・ポゴレリチの名とともにこの演奏会予定が記載されていますが、英語版のほうにはありません。未だに流動的なのか、少々不安になるところです(^^ゞ。

Yahoo!のほうでは、『フィルハーモニアの公式サイトになんの告知もないのだから、キャンセルになったのではないか』という投稿があり、それに対し、『フィルハーモニアの代表者のひとりにメールで尋ねたところでは、この共演は確定しているということだった。10月にチケットも売り出されると言われた』というレスが出ています。このレスによると、更に、フィルハーモニアの協奏曲は本番前に公開リハーサルが行われることもあるのだそうで、現時点では全く未定だそうですが、本当にこういうものが実現するようなら、ファンには非常に興味のあるものになることでしょう。

いずれにせよ、来年の話をしたら鬼が笑う、というところでしょうか(^_^;。今年の3月半ばの時点では、今年は年末までポゴレリチは演奏会をしない、と彼のアシスタントを名乗る女性がはっきり言っていたのに、現に先日はドイツで演奏会が実現しましたし、順調に行けばアメリカ公演も出来そうという状況になっていますので、来年2月のことなど、現時点ではまだ、どう転ぶか、全然わからない、と思っていたほうが良いかもしれません。

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September 17, 2004

あと一ヶ月未満でアメリカ公演!

あれからは、何も新しい展開は無いのですが。

アメリカ公演の初日は10月13日のヒューストン公演ですので、そうするとあと一ヶ月もありません。ドイツでリサイタルも行ったことだし、やはりこれは予定通り、出発すると思って良いのでしょうか。まあ開演半日前にキャンセル、というのも以前ありましたから(99年秋のニューヨーク公演)、彼のことは直前までわかりませんが、無事に演奏会が開かれますようにと祈るのみです。

今わかっている範囲では、このアメリカ公演は、連続した演奏会の予定にはなっていなくて、必ず間が数日開けられています。移動距離を加味しても、極端に過酷なスケジュールとは言えないようです。過去に日本に来たときなど連日の公演で、着いてすぐ弾くような乗り打ち興行みたいなのもありましたが、思えばあの頃のポゴレリチは恐ろしくタフだったのですね(^_^;。ですが、今回のは、間を空けている分、期間的には長くなり、アメリカ滞在が11月にまたがっていて、また、公演地の数々も、ほとんど大陸横断に等しいものですので、大規模なツアーであることは確かです。

こちらで、公演情報をUPできるような事態に、なりますように~~(>_<)ヽ !

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September 15, 2004

9月4日バート・ヴェーリスホーフェンにて

昨日書きました、ポゴレリチのドイツでのリサイタルは、やはりバート・ヴェーリスホーフェンでのものだったようです。BBSのほうで或缶様が教えて下さいましたリンク先で、そのことがわかりました。

http://www.hotelkreuzer.de/aktuelles/nachrichten.htm

例によって自動翻訳に突っ込んで読んでみたところ、これは公演日の9月4日以前に、その演奏会のことを告知した記事で、『ポゴレリチによる今年唯一のヨーロッパ公演になるであろう』ということや、『ポゴレリチ本人も来るべきアメリカ公演に備えて保養中である』等を報じています。

前に本で読んだ話によると、ここはドイツ有数の温泉地で、自然の薬湯が沸いていて、たくさんの湯治客が健康のため素足で街を歩いているのだそうです。昔、ゼバスティアン・クナイプ牧師が説教をした場所でもあり、特産品は湿布薬や香草だとか(『金色のソナタ』クラウス・ウムバッハ(音楽之友社)より)。

ポゴレリチはここを89年の夏以来とても気に入って、しばしば湯治に訪れており、自分の名を冠した音楽祭もほぼ十年間に渡ってこの地で主宰していました。今回は、彼にとって家のひとつと言える場所で、良いコンディションでの演奏会が出来たようです。

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September 14, 2004

今月、ドイツで演奏会をした(らしい)!

久しぶりに思い出して、good-music-guide.comのフォーラムにある『Pogorelich!!!!!!!』というスレを読んでいたら、なんだかいろいろとショーゲキの事実が書いてありました。

まず、朗報から。ポゴレリチは今月およそ一ヶ月の予定で保養のためドイツに滞在しているようなのですが、9月の初めに、そこで演奏会をしたそうです。彼のお気に入りの保養地だとすると、例のバート・ヴェーリスホーフェンでしょうか?プログラムは、ベートーヴェン・リスト・ラフマニノフ・スクリャービン。

このスレッドには、それを聴きに行った人の話として、大変な出来映えで近年として最高の演奏会だった、という主旨の感想が寄せられています。ポゴレリチは頭を剃っていた、とも書いてあるので、ごく最近の話題であることは間違いないと思います。このままアメリカ公演が旨く行きますように、というカキコも続いていますが、あのロンゲのポスター見てチケットを買って、スキン・ヘッドのピアニストが出てくるなんて、アメリカの人々はサギにあった気分になることでしょ~(^_^;。

さてもうひとつ、私にとって結構、仰天するような話が出ていたのですが、それは、『ケジュラッゼ女史の死後、数年たってポゴレリチは再婚し、今、その人とは離婚しようとしている』というカキコミです。それ知らんかっとってんちんとんしゃん。ではGloriaの記事に出ていた女性は、現在進行形でおつきあいしている人???しかし、このカキコミをした人は、ケジュラッゼ女史がポゴレリチより19歳年上だった、とかいい加減なことも書いているので、巨大掲示板の噂話の範疇を出ないのかな~とも思ったりしました。

いずれにせよ、相変わらず謎の演奏家ポゴレリチ。今はともあれ、来月に迫ったアメリカ公演が実現&成功しますように!

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September 13, 2004

解読困難

9月11日に書いたように、ポゴレリチの最新画像がGloriaで見られる訳ですが、やはり知りたいのは最初の写真にツーショットで写っている女性のことですね。彼女は一体だれなのでしょう。

記事からわかる範囲では、彼女の名前はミレンカ・スターニッチさん(多分。ミレンカ、ミレンケ、ミレンク、等々と格変化するのでどれが主格やらよーわかりません)。写真はミラノ空港でのもののようです。・・・この不思議な服装は、なんかの祭り?仮装大会?ミラノでカーニバル?強烈なペアルックですね(^_^;。

記事は「イーヴォとミレンカは・・・」みたいな箇所がたくさんあるので、何かふたりについての最近の出来事を報じた文面だと思うのですが、なんしろクロアチア語なんて全然読めませんから(だから『CDエクスプレス セルビア語クロアチア語』をやりなさい)、思わせぶりな単語を見つけては萌え萌えしているのみです。「三年後」とか「結婚」とか。

ちなみに、Yahoo!のポゴ板は今、全然別の話題で盛り上がっていて、このクロアチア版フライデー(爆)については誰も問題にしていない様子です。誰かちゃんと読めるヒトはいないかな。←他力本願。

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September 11, 2004

画像の見られるサイト

The Showcaseトップページの写真を、シカゴの風景に変えてみました。アメリカが待っている!ということで(^_^;。かつて、『私がアメリカを必要としているように、アメリカが私を必要としているのだ』と豪語した、自信満々なポゴレリチにもう一度会いたいものです。

さて、ポゴレリチの最新画像が下記で見られます。2004年9月9日付と思われる記事です。
http://www.gloria.com.hr/site/mainpages/detail3.php?godina=2004&mjesec=srpanj&broj=499&link=pogorelic499.htm

お元気そうな笑顔には大変安心いたしましたが、そちらの女性はどなたですのん?それに、マエストロも、スカート疑惑が再び浮上しそうな服装でいらっしゃいますこと。

ポゴレリチの最新画像に関しては、これまで新しいものが出ると、その都度、できる範囲でお伝えして参りましたが、現在の彼の画像が見たいというお声をときどき頂戴しますので、こうした画像つきサイトに関して、今までにわかっているものを、再度まとめて記載しておきます。

まず、いちばんふんだんに写真が見られるのは、クロアチアの雑誌Gloriaのサイトです。上記のページもこの雑誌のものです。
Gloria
これがトップページで、左上の欄、TRAZILICAという箇所に、pogorelicと(クロアチア語風に!語尾のhは付けないで)入れると、2001年から今年までに掲載されたポゴレリチ関連の記事がヒットします。古いものから新しいものまで、写真の点数は非常に多いです。ギョっとするようなのもあります(^_^;。

↓は96年暮れに北京・上海公演を行ったときの記事で、演奏会と交流会の写真が見られます。
Chinese International Culture Exchange Center

↓は2003年イスラエル公演時の記者会見の写真です。ピアノを弾いているのはリハーサルの模様のようです。
TrekEarth

↓は2002年秋頃。リュブリアーナ(スロベニア)に放送局を持つPOPTVのHPです。
POP TV
ここから飛べるリンクのうち、↓は、多分、現地での演奏会のときの写真で、どうということはありませんが、
http://www.24ur.com/naslovnica/popin/20020917_2014354.php?Acl=p1

↓こっちのほうは、既にご覧になった方はご存じと思いますが、ショーゲキの写真です。ここはどこ、アナタは誰!?URLのナンバーから察するに、2002年10月8日の記事らしいですが、だ、大丈夫だったんでしょうか(何が)!?
http://www.24ur.com/naslovnica/popin/20021008_2015322.php?Acl=p2

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September 08, 2004

Clavier 1982年1月号の記事 6

(Clavier 1982年1月号の記事の話の続き)
ポゴレリチはここでも、ワンシーズンの演奏会であれもこれも弾くようなことはしない、と語っています。リサイタル・プログラムもコンチェルトもせいぜい二つずつだそうです。きちんと一曲を仕上げ、完璧に近く演奏するためには、どうしても限定した曲目でなければならない、というのが彼の持論です(やはり完全主義者(^_^;)。

例えば、ラヴェルのガスパールやベートーヴェンのソナタ作品111など、ポゴレリチは自分として「出来上がった」と思えるまでに、約1年は費やして勉強したということです。「弾ける」というだけなら、二週間くらいで出来るようになったそうですが、「様々なやり方、様々な色合いで演奏できるからこそ難しい、という曲もある。どの弾き方も素晴らしいが、ではどれが最善なのか?作曲家の感覚に最も近いのはどれなのか?そのようなことを決定することこそが仕事であり、演奏家が修練を積まねばならない点である」とポゴレリチは述べています。

他のインタビュー記事でも答えていたように、ポゴレリチは、手が大きいことはピアノ演奏においてそれほど重要ではない、とここでも言っています。勿論小さすぎてはいけないが、たとえラフマニノフを弾くときでさえも、「僕のように大きな手を持っていること自体は、なんら有利というものではない」。

それより大事なことは手の構造のほうで、親指と小指を結んだ線のちょうど中間点が、中指の付け根の延長線にあるのがいい、のだそうです(つまりその三本の指の頂点を結んだ線は、二等辺三角形状態?)。そして、指先の筋肉が柔らかいほうがいい、とも述べています。

ポゴレリチはショパン・コンクールで落選しましたが、では例えば「ヴァン・クライバーン・コンクールを受けようとは思わなかったのか」と尋ねられると、「もうほかのコンクールは受けないことにした。名前を売るためにコンクールを受けるのだから、一度か二度でいい。それで演奏会が開けるようになるし、レコードもつくれるから」ということでした。

(このまま、この紹介は、なし崩しに続く(^_^;かもしれない)

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September 07, 2004

Clavier 1982年1月号の記事 5

(Clavier 1982年1月号の記事の話の続き)
このおそらくは81年後半と思われる取材時期の段階で、ポゴレリチは、ドイツ・グラモフォンへのレコーディング計画について、少々興味深いことを述べています。「僕の次のレコードは、二枚組になるだろう」と。実際にはポゴレリチの二枚組アルバムは、ベスト盤以外では出ていないので、この計画もまた、このあと変更されたということなのでしょう。

このとき彼が語っている、その二枚組の内容は、「ベートーヴェンのソナタ作品111ハ短調、ラヴェルの『夜のガスパール』、シューマンの『交響的練習曲』と『トッカータ』、スクリャービンの『二つの詩曲』作品32、『二つのマズルカ』作品40、『三つのエチュード』作品8」となっています。

これらスクリャービンの曲目はいずれも、81年来日公演のプログラムにありましたので、この時期の彼の演奏会レパートリーとして手の内に入っていたものだったのだろうと思われます。が、結局、このレコーディングの内容は現実にはこの通りではありませんでしたし、ここでは挙がっていないプロコフィエフのソナタ第6番が、ガスパールとのカップリングでリリースされたのは、よく知られているところです。

ポゴレリチはこのとき、シューマンの交響的練習曲は手がけてから既に7~8年は経っている、と言っていて、少なくとも自分は三通りの解釈を持っている、とも述べています。この直後に録音されたこの曲は、反復が一切なく、遺作変奏も取り入れず、大変タイトな仕上がりになっていますが、これは当時の彼の解釈のうちのひとつに過ぎなかった、ということのようです。

また、オーケストラとの共演にも彼は意欲を燃やしていて、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番と、フランクの交響変奏曲をやる、と言っています。彼のご指名の指揮者は、このとき既に82歳だったロヴロ・フォン・マタチッチ。しかし、これから数年後、マタチッチとポゴレリチの間には、何か「非常に不幸な誤解」(ポゴレリチの言)が生じて、それが解けないまま、老指揮者は世を去り、チャイコフスキーが日の目を見るまでには相当な年月がかかることになります。

(もう少し、続く。きっと)

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September 06, 2004

11月18日のプログラム

11月18日イリノイ大学のFoellinger Great Hallで行われる予定の演奏会も、プログラムについての記載は「performing Beethoven sonatas, Scriabin selections, and Liszt etudes」となっているので、こちらも、スクリャービンとリストを弾くほうのプログラムらしいです。やはり他の公演地も含めて、全面的にこのプログラムに変更になるのかもしれません。

もっとも、今はもう、何を弾くのでもいいから、とにかくリサイタルが実現してほしい、と祈るような気分です(^_^;。

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September 05, 2004

Clavier 1982年1月号の記事 4

(Clavier 1982年1月号の記事の話の続き)
インタビューが行われたのはおそらく81年の後半でしょうから、このときポゴレリチは多分23歳、ショパン・コンクールの騒動からまだ一年ほどしか経っていない時期だっただろうと思われます。この時点の彼にとっては、ピアニストとしての自分の活動と共に、奥様のケジュラッゼ女史との共演、という計画も非常に重要なものだったようでした。82年前半のシーズンでは妻と共演する予定だ、と彼自身が語っていますし、83年の来日公演も当初はケジュラッゼ女史とのジョイント・リサイタルが含まれていました(が、女史の病気のためジョイントは結局実現せず)。

81年時点での計画では、まず82年最初のシーズンはポゴレリチとケジュラッゼの共演というかたちで、バルトークの「二台のピアノとパーカッションのためのソナタ」、ケジュラッゼのソロでラフマニノフの二番のソナタ、そしてポゴレリチ自身はベートーヴェンを何か、というプログラムが既に組まれていて、NYのカーネギーホールとエヴリーフィッシャーホールとで演奏会を行うことも決まっていたようです。

また83年にかけては、ふたりでラフマニノフの協奏曲5曲を演奏する、という計画もあって、女史が第3番と「ラプソディー」を、ポゴレリチが第2番(!)と第4番を、演奏する予定で、第1番はどちらが弾くか、まだ話し合ってない、とこのインタビューでポゴレリチは語っています。このとき既に2番のコンチェルトはポゴレリチのレパートリーになろうとしていたのですね。当時で、どの程度出来上がっていたのか、興味深いところです。

しかしながら、ケジュラッゼ女史の演奏活動復帰は、結局のところ実現しなかったのではないか、と私は思っています。勿論全部の演奏会資料を手に入れることは不可能ですので、81年以降、私の知らないところで彼女の演奏会が行われていたのかもしれませんが、今のところ、ポゴレリチ夫妻によるジョイント演奏会の評などというものは見たことがありませんし、夫婦でレコーディングするという話も計画倒れに終わったようですので、このインタビューでポゴレリチが語ったような話は、このあと、なんらかの事情で実行できないままになってしまったのでは、と思われます。

(この項、更に続く。かもしれない)

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September 04, 2004

Clavier 1982年1月号の記事 3

(Clavier 1982年1月号の記事の話の続き)
ポゴレリチが非常に弁の立つ男であることがここには書かれていますが、更に、「彼はそれを驚くほど流ちょうな英語でやってのける」。ロンドン移住前から彼の英語が達者なことは知られていましたが、それがなぜだったかというと、イーヴォ少年は小さい頃から毎日、両親の希望で、英語のクラスを受けさせられていたのだそうです。モスクワに渡ったとき、ろくな英語教師が居なかったせいでポゴレリチは英語の勉強を中断したそうですが、「僕は不完全な英語を使うのはイヤだ。僕はある種の完全主義者だから」(と英語で言っている(^_^;)。

一方、この記事は、これまでポゴレリチの経歴の中で「謎」だった部分にも言及しています。それは79年から80年初頭にかけての空白期間についてです。ポリドールからデビュー盤「ショパン・リサイタル」が発売されたとき、演奏者のプロフィール欄に、「78年カサグランデ・コンクールに優勝した後しばらく療養生活を送った」という主旨のことが書かれていて、これが何だったのか私は長い間わからなかったのですが、今回の記事によるとそれは「重症の肝炎だった」とのことでした。そのために一年以上も療養を余儀なくされた、と。

80年の初めに回復したとき、ポゴレリチは既に演奏の予定がたくさん入っていました。まず、モスクワ音楽院からディプロマを受け、その受賞演奏会を開かねばならなかったし、それ以外にも四回ほど演奏会の予定があり、そのあとすぐカナダに飛んでモントリオール国際音楽コンクールにエントリーしました。ここで二度の予選ののち本選にすすみ、満場一致での一位を獲得し、更に優勝者によるガラコンサート。ここまでの九回の演奏スケジュールをこなしたのち、今度は三ヶ月後にショパン・コンクールへのエントリーとなった訳です。

(この項、更に続く。予定)。

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September 03, 2004

Clavier 1982年1月号の記事 2

Clavier 1982年1月号の記事について前に少し書きましたが、その続きを少々。この記事はDean Elder氏による紹介文及びインタビューによって構成されていて、日本ではあまり紹介されていないような事実にもいくつか触れており、結構興味深い内容です。

ポゴレリチは11歳でモスクワに渡り、16歳で中央音楽学校を卒業してモスクワ音楽院に進学しましたが、18歳の頃、もう音楽院を退めようと決めたことがあったそうです。理由は、その頃、モスクワには興味の持てるものは何もないと思うようになっていたから(←当時のソ連で、給費生の外国人学生がそんなこと言ってて良かったんでしょうか???)。

ケジュラッゼ女史と出会ったのは、まさにそのような時期のことでした。彼女との出会いは、彼のピアノへの意識を根底から覆すほどの画期的な出来事でした。彼女と離れたくない一心で、ポゴレリチはこのときから俄然、モスクワに居残る道を選び、結局、それから更に3年後、正式に音楽院を卒業して故国に戻ることになる日まで、居続けたとのことです。

ケジュラッゼ女史の経歴について、一部ではモスクワ音楽院の講師だったという記事もありましたが、ポゴレリチ自身がこのインタビュー中でそれを否定して、「彼女は音楽院で教えたことは無い。あくまでプライベートなかたちでのレッスンだった」と言っています。「もし彼女がモスクワで公職についていたら、今、僕と一緒に暮らすことは出来ていなかっただろう」とも(当時のソ連の体制のことを指している?)。

(この項つづく。多分(^_^;)

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September 02, 2004

シアトル公演プログラム

シアトル公演の予定自体は、確か3月頃だったか、かなり以前に新聞に載ったのでわかっていたのですが、本日ようやくシアトル・シンフォニーのサイトを探してポゴレリチのページを見つけました。

http://www.seattlesymphony.org/symphony/buy/single/performance.asp?performanceid=369&PerformanceDateID=584

ここにUPされているプログラムを見ると、演奏曲目はやはり、シカゴやエングルウッドと同じく、
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 嬰へ短調作品78
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ ハ短調作品111
ラフマニノフ:楽興の時 作品16-1
スクリャービン:ピアノ・ソナタ第2番「幻想」 ト短調作品19
リスト:超絶技巧練習曲集より「3つのエチュード」

という構成になっています。場合によってはリサイタルプログラムはこれ一本に統一されるのかもしれません。

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September 01, 2004

今月のClassica Japan

9月のClassica Japanではポゴレリチのスカルラッティとショパンが放映されます。

9月21日(火)20:00 名曲の時間VOL.39 スカルラッティ「6つのソナタ」
9月25日(土)12:20 スカルラッティ・ソナタ集
9月30日(木)深夜1:00 名曲の時間VOL.53 ショパン「ポロネーズ第5番」

これまでの放映やDVD、ビデオ等で既に目にしている演奏ですが、いずれも名演だと思います。スカルラッティはDVDやビデオのかたちでは出ていないので、こうしてCSでやって貰えるのは有り難いですね。Classica Japanはこのほか、ポゴレリチのベートーヴェンのソナタや、プロコフィエフの小品の映像も持っている筈なので、次は是非、あれらを出して頂きたいです(^_^;。

ほかに、ごくごく個人的趣味により私が観よう(聴こう)と思っているのは、

9月12日(日)7:50 ツィメルマン(p)ショパン「バラード全曲」
9月21日(土)8:20 ポリーニ(p)・ベーム(指揮)・ウィーン・フィル ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」

の二本です。ツィメルマンの最高の演奏のひとつはショパンの「舟歌」だと個人的には感じているのですが、CDでそれとカップリングされているのがバラード集で、あれを映像つきで観られるのかと思うとなかなか楽しみです。

ポリーニは、私自身はキリキリ来るほど惚れたことはないのですが、大変精緻なピアニストだと思いますし、そのうえシブいベームの指揮だというのと、曲自体が好きなものなので、どんなふうになっているか、これまた楽しみにしています。

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