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July 2005

July 26, 2005

ムジカ・ノーヴァ8月号

今、発売中の「MUSICA NOVA 8月号」にポゴレリチの記事がカラーで1頁掲載されています。と言っても写真は、去年春のドイツ公演のときには既に出回っていた、髪の長いポゴレリチがピアノに寄りかかっている(^_^;)構図のものです。

記事は、この秋の来日公演に関する期待を盛り上げる内容で、彼の経歴や近年の様子などについて書かれています。それらは来日前のこの時期に相応しい記述ばかりで、ごく当たり前の中身だと思うのですが、一カ所、びっくりするような文が!『無事に再婚も果たしたと伝えられる』。これって一体どこからどうやって『伝えられ』た話なのでしょうか!

去年クロアチア版フライデーのような例の雑誌Gloriaに出ていた記事が本当だとすると、ポゴレリチはケジュラッゼ女史の死後、ドイツ人女性と一度、再婚していて、昨年になってその女性とは離婚しようとしている、という話でした。というのは新しい恋人が出来たから、のようです。

Maestrova srodna duša

私はこの記事を詳細に解読するクロアチア語力は全然ないので、上記のことは辞書を片手に断片的に読んで知ったことなのですが、ムジカ・ノーヴァで「再婚」と書かれているのは、どちらのお相手のことなのでしょうね(爆)。

なんであれ、ポゴレリチが幸せであるならば、そしてそれゆえに活動的になれるのなら、私はファンとしてこれ以上嬉しいことはありません。『彼が新しい人生を歩み始めた時期のイヴェントでもあるだけに、その個性が力強く炸裂するのではないかという楽しみな予感』は私にも大アリなので、ムジカ・ノーヴァ誌には、さらに、もちょっと詳しく、書いて頂きたかったです~(殴)。

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日本版DVD発売

正式な発売日は27日ですが、既に日本版DVDが売り出され始めています。我が家には、某通販会社に頼んでいたものが本日午前中に届きました。

内容的には、ここに書かれている通りで、4月下旬に輸入盤で入ってきていたものとディスクそのものは同内容と思われますが(まだ再生していませんが)、もうひとつ、今回のシリーズで発売されたDVD各種のダイジェストDVDがオマケでついていました。

日本語版のブックレットも封入されており、海外版でピエール・ジャスマンが書いていた解説は木村博江氏の日本語訳によりそのまま掲載されています。

ただ、海外版はジャケット裏も一面の写真になっていて、ピアノを弾くポゴレリチの全景が写っていましたが、今回の日本版にはそれがなく、ジャケット裏面は真っ白です(^_^;)。

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July 23, 2005

17日エッセン公演

7月17日はエッセンで公演が行われ、演奏会についてはサイトBBSのほうでsumiさんがご感想をお寄せ下さいましたが、別の方からも、ちょっとしたハプニングについてのお話を聞かせて頂きましたので(ありがとうございました<(_ _)>)、伝聞になりますが、UPしておきます。

後半一曲目、スクリャービンのソナタ第4番で、ポゴレリチは大変な「激奏」を披露したのだそうですが、それを弾き終えて、立って、お辞儀をしたあと、彼は自分の指を見つめたまま、十秒くらい、そのまま立ちつくしていたそうです。そして、おもむろに客席に向かって、
ごめんなさい。私の爪が、(・・・ナントカカントカ・・・)」
と何か英語で話して、舞台下手に戻っていったそうです。

指を痛めた等のアクシデントであれば、もうこのあとは弾かないのでは、と思われたそうですが、5分弱でポゴレリチは再度舞台に登場し、お辞儀なしで再開し、ラフマニノフを弾き始めたということでした。客席は喝采の拍手!

あまりに激しいスクリャービンの演奏で、爪が部分的に折れたとか剥がれたとか、何か不都合が起こったようですが、演奏を続行できる状態で本当に良かったですね(^_^;)。

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July 20, 2005

16日シュレスビッヒ・ホルシュタイン音楽祭

16日のシュレスビッヒ・ホルシュタイン音楽祭でも、ポゴレリチは予定通り演奏しましたが、ここでは少し、ハプニングがあったようです。ポゴレリチ本人の問題ではなく、ピアノに欠陥があったとか。こちらも、べん様情報で(重ね重ねありがとうございます!)、ヴィースバーデンのローカル紙"Wiesbadener Tagblatt" 7月18日の記事から、この件についてご紹介したいと思います。

Wiesbadener Tagblatt" 7月18日付

べん様が訳も添えて下さいましたのでコピペしておきます。

ポゴレリチのコンサート、危うくキャンセル
シュレスヴィッヒ・ホルシュタイン音楽祭で催されたピアニスト、イヴォ・ポゴレリチのコンサートは危うくキャンセルされるところだった。序盤の(数)曲を弾き終えた所で、つい先日ラインガウ音楽祭に出演したばかりの、極端に神経質なことで知られている47歳の音楽家は舞台を降りた。音楽祭の支配人より「ピアノに欠陥があります」との説明があり、そのあと一足早い休憩に入ることとなった。しかし楽器は修理可能だったようで、ポゴレリチはショパン、スクリャービン、ラフマニノフと演奏を続けた。アンコールはなかった。』

何曲目まで弾いたのかこの記事から定かではありませんが、一曲ではなく、かつ、前半の途中であるのなら、べん様もご指摘になっていたことですがノクターン二曲くらいまで弾いたところだったのかもしれません。ポゴレリチの昨今の状態を知っているファンであれば、途中で演奏をやめた彼を見て肝をつぶしたことだろうと思います。

ですが、事情は、「ピアノに欠陥がある」という極めて筋の通ったもので、それが改善されたのちには演奏会を続行したのですから、プロの演奏家としてはこういう判断もあって良いのではないかと思いました。ちなみにアンコールが無かったのは初日もそうだったようですから、特にピアノの悪条件で気分を害してなどという理由ではなかっただろうと思います。

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ヴィースバーデン公演評

ドイツ在住の「べん」様より、14日ヴィスバーデン公演評が新聞に出ていたことを教えて頂きました。

ヴィスバーデン公演評

内容詳細はまた改めてお知らせできればと思いますが、写真が圧巻です、確かに「スキン・ヘッド」が光っているのが確認出来ます。なんだか1970年代のリヒテルみたいと思ってしまうワタクシは、何か、間違っているでしょうか(^_^;)?

写真に添えられている言葉は、「驚異的な名人芸」、あるいは記者の皮肉ととるならば「呆れた名人芸」というようなニュアンスらしいです(べん様、本当にありがとうございました!)。

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July 17, 2005

14日のポゴレリチ@ドイツ公演

昨日少々触れましたように、14日、ポゴレリチのドイツ公演が始まりました。予定では14~17日の四日連続のリサイタルが、ドイツ各地で行われることになっています。

これの初日にあたる、14日ヴィスバーデンでのリサイタルをお聞きになった方が、私にメールでその模様をお知らせ下さいました(ありがとうございました)。こちらに、早速その詳細をUPしたいと思いますが、その後、先方との連絡がつきにくく掲載の許可を頂けていないことと、本来、公開を目的として書かれたものでない文章からの引用は出来ないこと等の事情から、以下に書くものは私が勝手に概略をまとめなおしたものであり、誤記・事実誤認等の責任は原則として転妻よしこにありますことを、ここにおことわりしておきます。

****************

14日、Rheingau Musik Festivalの一環として行われたこのリサイタルは、夜8時開演の予定でしたが、10分前になっても開場されず、ポゴレリチは直前までリハーサルを続けていたそうです。10分遅れで開始された演奏会は、来月ザルツブルグ音楽祭で演奏する予定になっているプログラムと同一で、

CHOPIN Nocturne E-dur op. 62 Nr. 2
CHOPIN Nocturne Es-dur op. 55-2 Nr. 16
CHOPIN Sonate für Klavier Nr. 3 h-moll op. 58
SKRJABIN Klaviersonate Nr. 4 Fis-dur op.30
RACHMANINOW Klaviersonate Nr. 2 b-moll op.36

という曲目で、アンコールはありませんでした。

ステージに登場したポゴレリチは、ライトを反射するほど剃り込んだスキンヘッド(しかし頭のかたちまで端正!)、しかも開場内はかつてないほど明るく、客席でも互いの顔が見えるほどだったそうで、彼の演奏会にしては珍しい状態だったようです。

しかし驚くべきはその演奏内容で、最初の音はまるで、大きな太い柱が地に突きたてられたように力強く、そこには目覚ましいまでの変化が感じられたそうです。ショパンのノクターン18番には、明るさや美しさがたとえ一瞬で失われるものだとしても、確かに新しい日を生きていく力がある、ということを感じさせる演奏だったとのこと、そして、聞き慣れたノクターン16番、これもまた、信じられないほど明るいものとして響いたそうです。ポゴレリチに躁鬱の傾向がある、という話は今まで聞いたことがありませんでしたが、何か躁状態みたいなものだったのでしょうか(^_^;)?たとえそうだとしても、ここしばらく、彼からは聴くことの出来なかったような、力強い音楽がそこで展開されていたことは間違いないようです。

ソナタ3番のテンポは相変わらずで、ペダルを多様しても音のくぐもりが全くなく、構築的でとてもクリアな音楽になっていたとこのことで、ポゴレリチ独特の遅いテンポに、苛ついたり退屈したりする観客の姿も見られたそうです。

また、後半では、ペダルを踏んで音を残したまま手を鍵盤から離し、ハンカチで汗を拭くという行為も見せ、それから、最後、ラフマニノフを弾ききったときは、そのまま聴衆のほうに座りなおし、その様子が、まるでホロビッツみたいに、まさに、「どうだ」と言わんばかりの雰囲気だった、ということでした。

演奏会についてはこのように、ポゴレリチにしてはかなり開放的な空気を感じさせるもので、彼の復調を実感できるものだったようですが、更に面白いのが楽屋出の話です。この報告をして下さった方は、マエストロが出発なさるところを拍手で見送りたい、というお気持ちで、これまでほとんどの演奏会で楽屋出を見て来られたのだそうですが、今回のポゴレリチは、皆が待っている本来の楽屋口でなく、なぜか、その反対にあった暗い出入り口から出てきたそうです。

出てきたポゴレリチは、一緒にいた男性と女性に向かって英語(しかもかなり甲高い声)で、
1940年代には、La~La~LaLa
と歌いながら何かを説明していたのだそうです(^_^;)。
光るほどに剃りこんだ頭を、ウールの帽子というか、後ろでバンダナみたいに縛ったデザインのもので包み、片手に茶色の細いタバコ、片手にコンサート衣装と思われる服を持ち、足の形がわかるくらいの白い細いズボン、というか白いスパッツ、というかほぼ「股引」(爆)、黒いソックスでゴムぞうりを引っ掛け、・・・・というスタイルだったそうで、・・・・・・・・・(^^ゞ。

楽屋出を一緒に待っていた老人が、
彼がどんな様子であろうと、本物のマエストロだ。それ以外の言葉を私は知らない
と言い、その人の夫人とおぼしき女性は、
マエストロは頭が寒いと風邪を引くと思っていらっしゃるのかしら
などとも話し合っていたそうですが、・・・・・・・・・・(^_^;)。

さてポゴレリチがその甲高い声で喋っている最中に、彼の携帯電話が鳴り、その相手と話し出した彼は、タバコを消したのですが、電話が意外に長引いたので、その、消したはずの短いしけもくにもう一度火をつけて喫い出したりもしていたそうです。

電話は英語でもなく、ロシア語やドイツ語でもなかったそうで、クロアチア語なのか、それとも他の言語なのか。電話の最中に、ポゴレリチの声があまり高くて大きいので、本来の楽屋口で待っていた人たちも気が付いて寄ってきて、するとポゴレリチのほうから皆に向かって、電話しながら『サインするよ』という動作をしたそうです。

皆は喜んでサインして貰ったそうですが、彼がとにかく大声で電話し続けているので、サインの礼や演奏会の感想を言うことも難しく、彼は結局電話したまま車に乗り込んでしまったそうです。シートに座ると青い蛍光色の女持ちサイズの扇子を広げてぱたぱたと扇いでいたそうです。

(文責:転妻よしこ)

****************

以上です。
こんなオモシロいポゴレリチを、私は直接、見たことがありません。日本に来るときも、これくらい元気だったらいいのに、と思いました。

ともあれ、彼が精力的に活動をしている、ということを聞くのが、私にとって何よりも嬉しいことだ、というのを改めて実感しました。ご報告下さいました某氏に心から御礼申し上げます。

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July 16, 2005

7月14日ヴィスバーデン公演

ポゴレリチは、予定通り7月14日、ヴィスバーデンでのリサイタルを行いました。さきほど、海外在住の某氏からメールを頂戴しまして、非常に感動的な内容でしたので皆様にもご紹介したいと思うのですが、管理人超多忙のため、概略だけとりあえずUPします。

とにかくポゴレリチの生命力を感じさせる素晴らしい演奏会で、驚いたことに会場の照明もあまり落とされず、観客の顔がお互いに見えるくらいの明るさで、昨今の彼とは明かに違う雰囲気のものだったようです。そしてそこで、ポゴレリチの「明るい音」を聴いたと、某氏は書かれていました。

プログラムはショパンのノクターン第18番から始まる、ザルツブルグ音楽祭用に発表されているものと同じで、予定通りのものを演奏したとのことです。

楽屋出の様子も教えて下さいましたので、のちほど、改めて詳細を書かせて頂きます。申し訳ございません。

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July 14, 2005

サントリーホール・カレンダー

新情報ではないのですが、やっとサントリーホールのサイトに、ポゴレリチのリサイタル予定が掲載されました。

サントリーホール・カレンダー

チケット売り出し前の5月頃には、同じ日のイヴァン・フィッシャー指揮ブダペスト祝祭管弦楽団だけしか載っていなくて、ポゴレリチがサントリーホールでやるというのは間違いなのかダブルブッキングなのか、はたまた今回のポゴレリチはリサイタルホールのほうで弾くのだろうかとか、なんの役にも立たないことをいろいろと考えて私はひとりで騒いだのですが(すみませんでした)、わかってみれば、イヴァン・フィッシャーがマチネでポゴレリチがソワレ、同日同ホールでの昼夜公演だったのですね。

ブダペスト祝祭管弦楽団とマイスキーの共演で、しかもロココ変奏曲をやるということなので、これは朝から頑張って行っていっぺんに昼夜聴きたいなと、どうしても無謀なことを考えそうになります(^_^;)。

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July 06, 2005

スルタノフ死去

6月30日の朝、ピアニストの、アレクセイ・スルタノフ氏が亡くなりました。35歳でした。葬儀は現地時間の5日午後5時から行われたそうですので、日本時間6日午前10時の今は、既に終了している頃だと思います。

Pianist dazzled at 1989 Cliburn(star-telegram)
アレクセイ・スルタノフ応援ホームページ

私はスルタノフを91年2月に初めて生で聴きました。私が当時なぜ彼を知っていたかというと、ポゴレリチがインタビューでスルタノフに言及していたからです。ポゴレリチは89年から、バート・ヴェーリスホーフェンで自分の名前をつけた音楽祭を主宰し始めましたが、その第1回のゲストのひとりが、この、スルタノフだったのです。非常に良かった・大成功だった、とポゴレリチはスルタノフを誉めていました。

私の聴いたリサイタルでは、まだ20歳くらいだったスルタノフが、爆発的なエネルギーでベートーヴェンの『熱情』を演奏したのが印象的でした。決して体の大きな人ではないのに、圧倒的な演奏でした。

スルタノフは2001年2月、脳出血で倒れ、手術後、幾度かの危機的状況を乗り越え、リハビリに努め、右手だけの演奏ながら、演奏活動に復帰する努力を重ねていました。その間、念願のアメリカ国籍取得が実現し、チェリストの夫人の助力を得て夫妻でのコンサートを行い、また日本のファンの尽力で「アレクセイ・スルタノフ ライブ・イン・リガ」というCDも発売されました。

「倒れてからの彼は、それでも出来ることがある、というメッセージを、皆に伝えたがっていました。『決して諦めてはいけないのだ』と。彼の使命はここに完結したのだと思います」(スルタノフ夫人のコメントより)

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July 02, 2005

今月のClassica Japan

7月のClassica Japanではポゴレリチの『ショパン・リサイタルvol.1』が放映されます。多分、最初に出た二枚のDVDから編集された映像で、87年イタリアで収録したものであろうと思われます。

曲目は、ポロネーズ第4番、夜想曲第16番、前奏曲第25番、ピアノ・ソナタ第3番、ということです。

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