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October 2006

October 31, 2006

ニューヨーク・サン評

昨日付のニューヨーク・サンも、ポゴレリチの26日のニューヨーク公演の模様を記事にしています。結構長い記事です(全3ページのうちポゴレリチ関連は2ページほどです)。

タイトルは『音楽界のキャンセル魔、登場』。
Music's Notorious Canceler Makes an Appearance

のちほど、時間があれば試訳をUPしたいと思いますが、筆者のジェイ・ノードリンガー氏もやはり、今回のポゴレリチの演奏は全くどこが良いのか理解不能だったようです。私自身、理解できているとは言い難いのでこの評はもっともだと思う箇所が多かったですが、話が単に80年代のように弾いて欲しい的な結論になっているのが、私としては、ちょっと頂けませんでした。この方は、今まで四度もポゴレリチのニューヨーク公演を聴こうとしてその都度キャンセルされ、今回、初めて生の演奏を聴いたとのことなので、無理もないかもしれませんが。

プログラムは、曲順でいうと、ベートーヴェンのソナタ32番と24番、スクリャービンのソナタ4番、ラフマニノフのソナタ2番だったということです。ノードリンガー氏のお考えでは、ピアニストならベートーヴェンの作品111は晩年まで弾かないものだ、とのことなので、二十代の頃からこれをレパートリーにしているポゴレリチは既に狂っているとしか言えないわけですが、更に、演奏会で取り上げるとしたらこの曲は最後に持って来るのが当然だ、と氏は書いていらっしゃいます。プログラムを構成するにあたって、この曲のあとに弾ける曲などない、と考えるのが普通である、と。

ポゴレリチは今回、その作品111を、リサイタル全体の冒頭に持ってきて弾きました。氏は「演奏史上、もしかしたら誰か、作品111で演奏会を始めた人間が今までにいたかもしれないが、しかしそんな人はいないだろう」と書かれています。

恐れながら、ノードリンガー氏。作品111でリサイタルを始めた人が、1981年にも居ました。それは23歳当時のイーヴォ・ポゴレリチその人です。81年12月1日の日比谷公会堂で、ポゴレリチは、予定をいきなり変更してこの曲でリサイタルを開始しました。ケジュラッゼ女史がご存命で、一緒に日本にいらしていたときのことでした。演奏内容の是非はともかく、プログラムを組むにあたっては、彼は最初からそういうヒトだったのだと私は思っています。

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October 28, 2006

ニューヨークタイムズ評(訳・後半)

(続)

この演奏は、ブラヴォーとともに力強いブーイングを引きだしたのだが、その後の、ポゴレリチのベートーヴェンのソナタ24番は、むしろ、更に奇妙なものだった。ひとつひとつのフレーズが、ときには、ひとつひとつのリズムまでもが、それぞれ独自の世界に住んでいるような、この消極的かつ攻撃的な演奏において、誰が、「遅い」と「速い」の区別ができるだろうか。

40分以上に延長された休憩時には、ポゴレリチを再度ステージに呼び出そうと、揃えて手を叩き始めた客もいたし、諦めて帰った客もいた。私は、スクリャービンのソナタ4番とラフマニノフのソナタ2番は、ロマン派の様式の自由さを許すラプソディックな曲だから、ポゴレリチの気質にもっと合うだろうと期待していた。

嗚呼。彼の歪みは問題の一部でしかなかった。彼の音色は、基本的に、両極端しかなかった。ほとんど知覚不可能なほどの軽やかさで弾くか、彼の気の毒なハンブルク・スタインウェイを憐れみたくなるほど、どんと和音をぶつけ声部を殴りつけるか。この楽器は、この「ピアノ・フォルテ」シリーズのために、スタインウェイ社から美術館が借りたものなのに。

巨大な才能は、今や悲劇的に失われた。何が間違っていたのだろう?

(終)

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ニューヨークタイムズ評(訳・前半)

本日付のニューヨークタイムズのリサイタル評の訳を、とりあえずUPします。日本語に置き換えただけ、の出来ですが、例によって早いところに意義がある、ということでどうかお許し下さいませ。

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十年を経て正体不明の人物が戻って来る
アンソニー・トマシーニ

木曜日の夜、メトロポリタン美術館のグレース・レイニー・ロジャース音楽堂は、クロアチアのピアニスト、イーヴォ・ポゴレリチのリサイタルのために、舞台上に補助席まで出て満席だった。彼にとって、この十年で初めてのニューヨーク公演だった。1980年代に登場したとき、ポゴレリチは、技術的には目覚ましい、深く主観的な、間違いなく常軌を逸した演奏で、音楽界に衝撃を与えた。しかしこの十年間は、彼は正体不明の、予測不可能な人物だった。

彼はどんなふうにやっているのか?彼の、首尾一貫しない、解釈の面で道理に反する演奏は、描写することができない。開演して最初の何分か、ベートーヴェンのハ短調ソナタ32番は、奇妙に魅力的ではあった。まもなく、その演奏は、ただ単に奇妙なものになった。そしてこの夜は、ずっとそのままだったのだ。

このところ、48歳のポゴレリチは、「カルト・フィギュア(熱狂者)」の衣を身にまとっている。ただピアノに降り注ぐ一条のスポットライト以外は、ホールはほとんど真っ暗だった。ポゴレリチを、背の高い、痩せた、考え深げな美青年というふうに記憶していた人たちならば、がっしりした体格で、頭を剃っていて、ほとんど目に入っていない聴衆をにらみつけるように一瞥する、という彼の現在の出で立ちをみて驚いたかもしれない。

彼は譜めくりの助手を使って、印刷された楽譜を見て演奏した。原則的に私はそういう選択もあっていいと思うが、この場合、楽譜に頼るというのは、準備不足を補うものであるように見えた。そうでなければ、乱雑なパッセージの多さや、全体的なあての無さをどう説明したらいいのか。

ベートーヴェンの幻想的な最後のソナタでは、それは嵐のような複雑さに始まり、神秘的な無上の幸福に終わるのだが、ポゴレリチの間の取り方は音楽が前進する力と構造上の一貫性を失うところまで引き延ばされたものだった。音楽がなんらかの拍子を持たなければならないというのは、勇敢な独自性を欠く劣ったピアニストだけが守っていることだ、とポゴレリチは思っているように見える。考えてみたまえ。アルトゥール・シュナーベルやルドルフ・ゼルキンのこの曲の録音は26分ほどなのに、ポゴレリチの演奏は41分に引き延ばされていたのだ。

(続)

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長いので一度切ります。ここまでで前半です。

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ニューヨークタイムズ評

本日付のニューヨーク・タイムズに写真つきでポゴレリチの演奏会評が出ています。

After a Decade Away, an Elusive Figure Returns

詳細は、のちほど。

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26日ニューヨーク公演

26日のメトロポリタン美術館での演奏会の模様が一部、Yahoo!のポゴレリチGroupに投稿されていました。前後関係の不明なところや、事実誤認ではないかと思われる箇所もありますが、わかったことを箇条書きにしておきます。

・演奏内容はやはり論争を呼ぶものであり、ニューヨークの聴衆には概して不評だったようで、演奏の間、騒がしく、出たり入ったりする人もいて、最後にはあからさまにヤジを飛ばす観客もいたようです。

・ポゴレリチは楽譜を見ながら弾いたそうです。曲目等については書かれていませんでした。美術館のサイトには以前から予定曲目としてシューマンが出ていましたが、これを弾いたのだとすれば、ヴァージニアでの公演とは違うプログラムだったことになります。

・演奏後、アンコールはなく、ポゴレリチは観客に向かって15分ほど、スピーチをしたようです。内容は、夫人が亡くなったことと(これが9月11日が命日だとか書かれているのですが、それってどの夫人???・爆)、昨年は誕生日のNY公演を突然キャンセルして申し訳なかったというエージェントに対する詫び侘び(昨年はアジア公演だったので元からそんな予定はなかったと思うのですが、前回のNY公演、つまり99年のラフマニノフの協奏曲のときのことを言っているのか?しかしあれは誕生日前夜だったと思われるので、このあたり、話が繋がりません)、また、NYに帰ってきたいと思っているのでアパートを探しているということ(以前NYに住んでいたことがありましたっけ???)、来シーズン、またNYでコンサートをしたいと思っていること、等々です。

・投稿者はポゴレリチの演奏が、期待通りの意欲的な試みであるとして感銘を受けた様子ですが、冒頭にもありましたように、NYの聴衆の評判は良いものではなかったようです。

以上です。NYタイムズが何か載せてくれることを祈っています(^_^;)。

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October 25, 2006

ワシントン・ポスト評

ワシントン・ポストによる、22日のジョージ・メイソン大学での演奏会の評を、ほとんど推敲していない訳ですが、とにかく掲載してみます。UPしたことに意義がある、ということでとりあえずお許し下さいませ(T.T)。明日以降、改めて中身を検討したいと思います。誤字誤訳等、あるかと思いますので、先にお詫びしておきます。

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ジョージ・メイソン大学でのポゴレリチ
 ---- 不自然な調性のピアノ
ティム・ペイジ(ワシントン・ポスト)

日曜日の夜の、ジョージ・メイソン大学でのポゴレリチのリサイタルを批評しようとすると、つい、その演奏を実際より興味深く聞こえるように書いてしまうという危険に陥りがちだ。

それが、言うなれば「普通でない出来事」だった、ということは誰も否定できない。ポゴレリチは真っ暗なホールで演奏したのだが、頭を綺麗に添っていて、灯りはピアノを直接照らすスポットライトだけで、そのために彼は、光にさらされた大きな影のように見えていた。聴衆との意思の疎通はほとんどなかった。彼のお辞儀はおざなりで、その眩しい光と影の中では彼の顔もよくわからないくらいだった。もしポゴレリチが、自分の顔に口紅で「俺はカルト信者だ!」と落書きしていたとしても、今以上の注目を集めることは出来なかっただろう。それくらい、彼の奇妙さは極端なものだった。

それから、演奏があった。---ショパンのソナタ、ロ短調作品58の演奏で、それは今まで私の聴いたいかなる演奏よりも少なくとも二倍は長かった。実際、第二楽章はあまりにも引き延ばされて形骸をとどめなくなっていて、旋律と推進力がすべて失われていた。まるでタイムワープに入ってしまったかのような気分だった。

ときどき、ポゴレリチは、右手の音楽を左手の音楽の遙か先にまで走らせてしまうので、彼が何調で弾いているのかさえわからなくなるくらいだった。スティーブ・ライヒの初期の概念論的な作品のひとつに出てきたような指示に、ポゴレリチは従っているように聞こえた。---つまり、前に進むという感覚が完全になくなるまで音楽をスロー・ダウンさせるので、 聴き手には歯車の回転だけしか意識しないようになる。.

これは楽曲の「破壊」だと言った友人もいた。また、もし我々がその楽曲を知らなかったなら(ショパンのソナタと夜想曲作品62-2、後半がスクリャービンのソナタ4番とラフマニノフのソナタ2番だったのだが)、 ポゴレリチの無数のタッチによってあいまいにされてしまい、曲を認識することがほとんど不可能だっただろう、と言った者もいた。

さて、私は最初に、演奏が面白かったかのように聞こえてしまうかもしれないと言ったが、実際には面白くなかった。それどころか、その演奏は、全く普通のものではなかったにも関わらず、目をみはるほど退屈だったのだ。強調された超デリケートな音と、重いこん棒でぶん殴るような音の、衝動的な連続で、秩序が全く見えず、唯我独尊というほどのやりたい放題だったからだ。

グレン・グールドと比較するのは適切ではなく(ポゴレリチはしばしば、奇妙なことにグールドと関連づけられるけれども)、むしろ適切なのは、1996年の映画『シャイン』の悩める主人公デイヴィッド・ヘルフゴットのほうだろう。

演奏について、これ以上言うべきことはほとんど無い。ジミー・ケアリーなら言ったかもしれないように、「ゆっくり、さらにゆっくり」で、霊感的な解釈で弾かれているようだった。強調されていたのは、音楽そのものに沿ってというより、むしろ、音楽に対してポゴレリチがしていること、のほうだった。そして己を誇大にみせる「違い」というもの、 それは確かに、かろうじて有利な点である。

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October 24, 2006

ジョージ・メイソン大学 公演評

本日付のワシントン・ポストに、22日ジョージ・メイソン大学で行われたポゴレリチのリサイタルの批評が出ていました。

Ivo Pogorelich at GMU: Piano in an Unnatural Key

詳細は後ほど(と言っていつもなかなかUPできてません。すみません~~~)。
演奏曲目は昨年の来日公演時と同じものです。ショパンのホ長調夜想曲、ロ短調ソナタ、スクリャービンの4番のソナタ、ラフマニノフの2番のソナタです。

テンポ設定が遅すぎて何を弾いているのかわからない・ショパンのソナタの二楽章など通常の二倍くらいかかったように聞こえた、等々で、全然誉めてない評なのですが、そんなことより、ポゴレリチが、ちゃんとアメリカで公演していた!という事実に、滝泣きのワタクシです。我ながら、こんなことに感動しているようではイケナイのではないかと思いました(^_^;)。

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October 21, 2006

22日はジョージ・メイソン大学でリサイタル

10月22日にジョージ・メイソン大学でもリサイタルがあるようです。19日と同じく、ヴァージニア州での公演です。
昨日20日付けのワシントン・ポストと、Richmond Times Dispatchにもこの公演の予告は掲載されていますので、公演は、ある(^_^;)と見てよさそうです。

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October 20, 2006

NY Timesの演奏会予告

本日10月20日は、マエストロ・ポゴレリチの誕生日です。今年の誕生日を、ポゴレリチはおそらく、アメリカの東海岸で迎えていると思われます。本日付のNYタイムズのMUSIC欄には、このあと26日に行われる予定の、ポゴレリチのメトロポリタン美術館でのリサイタルに関する予告記事が出ています。

IVO POGORELICH (Thursday) This iconoclastic Croatian pianist has struck some listeners as brilliantly original, and others as purely perverse, but in any case, his interpretations of the great 19th-century keyboard works are unlike anyone else’s. He appears here this week with a hefty program that includes sonatas by Chopin (No. 3), Rachmaninoff (No. 2) and Scriabin (No. 4). At 8 p.m., Metropolitan Museum of Art, (212) 570-3949, metmuseum.org; $60. (Kozinn)

プログラムは、記事によると、ショパンのソナタ3番とラフマニノフのソナタ2番とスクリャービンのソナタ4番となっていますが、メトロポリタン美術館のサイトではシューマンの交響的練習曲とショパンの夜想曲ふたつ&ソナタ3番となっていて、どちらが本当に演奏されるのか、ちょっと興味のあるところです。

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October 17, 2006

10月19日ヴァージニア公演予定

フロリダ公演の記事は、まだ見つかっていません。本当に演奏会は、あったのだろうか(^_^;)。次は、判明している範囲では19日にヴァージニア州のクリストファー・ニューポート大学でのリサイタルがあります。大学サイトにはポゴレリチのページも作られていました。
クリストファー・ニューポート大学

ちなみにアメリカの新聞社は、↓で検索することができます。
NewsVoyager
公演地となっている州をクリックすると、ローカル紙がズラっとヒットして出てきます。更にリサイタルの会場がある都市の名前をもとに、いくつかアクセスしてみると、うまく記事にあたることがあります(あたらないことも多いです)。

ともあれ、アメリカには新聞社がうんざりするほどたくさんあるので、お暇な方は「pogorelich」で検索なさってみて下さいませ。そして、記事を発見なさいましたあかつきには、ご一報下さいましたら、大変嬉しいです

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October 15, 2006

アメリカ公演開始、カウントダウン

私にわかっている範囲では、10月15日(時差を考えると日本では明日の朝)のフロリダ公演を皮切りに、アメリカ・ツアーが始まる予定です。今のところ、中止の記事は見当たらないし、各主催者サイトを見ても演奏会の案内は変わらずに掲載されているので、スケジュールの通りに、アメリカ公演が行われるような感じです。現地の各新聞サイトに注目して行きたいと思います。

会場となるフロリダ大学のサイトは、こちら↓です。
http://calendar.ufl.edu/

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