2008年 演奏会

November 24, 2008

11月16日ミュンヘン公演評(独語)

ドイツの新聞sueddeutsche zeitungに、11月16日ミュンヘン公演の批評Klavierabend mit Ivo Pogorelich  Der Mönch im Pianistenpelzが掲載されています。米Yahoo!のポゴレリチGroupの書き込みによると、タイトルは英語になおすならばthe monk in a pianist's skin、『ピアニストの皮をかぶった修道僧』となるそうです。これは『羊の皮をかぶったオオカミ』のもじりです。

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November 09, 2008

パリ公演評・和訳2

10月23日パリ公演の批評が、Colosse aux pieds d’argile(Concerto.net)として掲載されていますが、その和訳を、ぶぶか様が送って下さいました。前回掲載させて頂きましたパリ公演評・和訳に引き続いて、ご多忙中、翻訳をして下さいましたぶぶか様に、この場をお借りしまして、篤く、お礼を申し上げます。ありがとうございました!

このパリ公演は、今回発表になった来日公演のプログラムと全く同じ曲目を弾いていますので、来るべき東京公演の内容を、あれこれを予想・想像してみるのに、大いに参考になる批評文ではないかと思います。

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見掛け倒しの人

それはサル・ガヴォでのイーヴォ・ポゴレリチのコンサートへと急ぐ群衆である。夜会への一群であり、熱心で特に注意深く、時に例外はあるが、静粛と演奏者の集中力に注意をはらう人々である。我々はその稀有なピアニストの驚くべき変遷を知っている。ショパンコンクールではじかれたロマンティックで硫黄色のイメージの若い天才は、彼の強烈な個性の副産物とほぼ言えるその解釈にもはや全くもって見るものが無く、今となっては分別ある年齢に達した(過去記事参照)。ポゴレリチのリサイタルに行くことは喜びのひとこまでは全く無い。むき出しの照明、最初の挨拶も無く、ピアノの上には譜面を置き、脇に譜めくり人を従えている。しかしながら、喜びはこの非凡な芸術家を案内することではない。

紙に書かれたプログラムはむしろ平凡で、若いヴィルティオーゾが彼の才能のパノラマを見せることも出来たのにと思わせるようなものである。そのプログラムは、確かにこのクロアチアのピアニストがさまざまなスタイルの各作品に対して彼の一貫性を与えるアプローチではあるが。そしてその手法というのが、当惑的で、極度の暴力と遅さの間で揺れ動いているものである。不安、苦しみ、激高もがこの芸術家より漂い、シベリウスのピアノ曲版「悲しきワルツ」にも含まれており、その演奏は沈める聖堂のように深い悲しみの中におぼれている。同様にリストの「メフィストワルツ第一番」は信じられない力によりみじん切りにされた。ポゴレリチは同時にノイローゼぎみの人間の叫びを聞かせ、中間部では地獄でさまよう魂の小さい声が歌うのではなく、うめき、不安にさせ、混乱させる。かつてこの楽譜をこのような観点でまじめに解釈したことはあっただろうか?

夜のガスパールも本質的な解釈はされずじまいである。特に「オンディーヌ」は同じくうめくような痛みを発し、このクロアチアのピアニストがしばしば多用した(過去記事参照)独自のラベルの音の魔法に浸っている。「絞首台」では、ポゴレリチは段階的にテンポをゆるめるというほとんど気づかないくらい方法で激しい不安を表す。「スカルボ」にいたっては、時として不調和であり風変わりで、現実離れした雰囲気の連続の中で同時に突飛さと荘厳さが現れる。イーヴォ・ポゴレリチは彼独自の見方を作品に適用しているようである(たとえば作曲者の意図に敬意を払って演奏する替わりに)。しかしながら、この物理的に驚くべきインパクトと演奏の不快感、言葉では描写できないものすごく大きな力といったものを我々は味わねばならなかった。同様にショパンもほとんど動きのない音色でもって遅さと乱暴さの実験をした。それは、胸を締め付け、憤慨し、惑わし、けれども感動させるといった音楽のニュアンスの無い断言的なものに直面した、ある種のルネ・シャール「暗闇の破滅より落ちたこの静かなる石の塊」(注1)を連想させる。

もっとも、もしイーヴォ・ポゴレリチがワルシャワでのコンクールでこのショパンを披露していたら、3次予選で落選した1980年のあの時よりもさらに多くの論争を引き起こしたであろう。しかしながら、彼の音楽的テキストの解体作業は疑問の余地など無い根源であり、ひょっとしてショパン音楽の探求かも知れない。例えば4半世紀ちょっと前にドイツグラモフォンから出された有名な録音である変ホ長調のノクターンをこの建築家はあれ以降ずいぶん深く発展させた。もし生み出された極度のフォルテの和音がいつも同じ効果を生じるのなら、引き伸ばされたテンポがその後のメロディをかき消し、連なった音をそれぞれ独立した音の塊にしてしまうだろう。まるでイグナツ・フリードマンのショパンよりも、より一層ベルクのソナタを思わせる。

このアプローチを激化させながら、4つの楽章が繋がった「ソナタ第3番」では、ニュアンスのコントラストおよび各音の長さに対する我々の理解を混乱させた。アレグロ・マエストーゾでは、きわめて叙述的で途方も無く遅く、和音は果てしない深さへと徐々に徐々に没頭する。モルト・ヴィヴァーチェのスケルツォの解体を目の当たりにして我々は非難することもできた。しかしながら、苦しめられた仕草、極端主義、彼自身のもつラルゴ、この演奏者の(苦しみでゆがめられた)表情にあるような、この世のすべての不幸といったものを我々は忘れる準備が出来ていない。その後のフィナーレでは、信じられないほどの獰猛的非情なタッチで、もはや粗野な力強さだけを巻き起こした。

技術面においては、特にラベルでは印象的であったが、ほとんど正確性に欠け、時としてミスをしているように見える、まるで晩年のペルルミュテールのショパンのように。たたきつける暴力的な演奏による爆発が楽器を無傷にさせておくはずはなく、リストのいくつかの鋭い音を若干損ないつつ、各演奏の最後には十分に音程が狂っているように聞こえた。しかしながら、アンコールで弾いたブラームスの「インテルメッゾ」の心揺さぶる最後はそうではなかったが。まさにイーヴォ・ポゴレリチはさいなまれた存在であり、傷ついた人間である。なによりも大男であり、確かに見掛け倒しである、しかしながら彼は偉大である。

ジル・デイル

注1)シュールレアリズムの詩人であるルネ・シャールの名前が出てきているが、実際この引用は、ステファン・マラルメの「エドガー・ポーの墓」の一節からと思われる。

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November 06, 2008

パリ公演評・和訳

先日リンクを貼りましたフランス語記事TRISTE ET BEAU Pogorelich, Salle Gaveau, le 23 octobre 2008の和訳を、ぶぶか様が送って下さいました。お忙しいところ、このように詳細な和訳を作成して下さいました、ぶぶか様に、心より篤くお礼を申し上げます。本当に、ありがとうございました!この記事は、いずれ拙サイト内の「海外記事に見るポゴレリチ」にも掲載させて頂く予定です。

文章は、シルヴァン・フォール氏による、10月23日のパリ公演評です。ぶぶか様によりますと、フォール氏はエコール・ノルマルの文学専攻出身で98年以降音楽の評論をやっているようだとのことです。ポゴレリチは音楽の学位を持たない人が専門家の立場で批評を書くことには批判的ですが、この方がプロとして書かれているのかどうかは不明のようです。また、2段落目までは、ポゴレリチには直接触れておらず、聴衆の華やかな様子、チケットのチェックが厳しくて入場するのに時間がかかったこと等が書いてあるそうで、その部分は割愛した訳を書いて頂きました。

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悲しく、そして美しい


ついに彼は登場した。かつてダルマチアの王子(ベオグラード生まれではあるが)のようだった人物は、今となっては覚めきった表情をし、墜ちた詩人のごとく頭を剃りあげている。彼のゆっくりとした力ない歩き方は、倒れないまでも幾分揺れ動いている。ピアノに向かった彼の様相は、正に尊大だ。しかしながらこの天才の登場と暖房によって高揚したホールは、もうすぐ、悲嘆にくれたプログラムと彼の未知で葬送じみた解釈に因っての生ぬるいシャワーを浴びなければならないことになるだろう。

イーヴォ・ポゴレリチの演奏は巨大な悲しみに圧迫されているようだ。全てがスローモーションのようで、音色は、充実した光沢のある比類なき美しさといったものではない。我々が感じたのは、何かしらほとんど優柔不断で前進しないとでも言うべきものであった。二つの(注:複数になっている)ノクターン作品55では、恒常的に維持される嗚咽よりはいくぶん悲嘆が緩和され、最も長い休止の時々には、沈黙の源を探しに行くかのようである。ソナタ第3番は破壊的な大きな力で進められたが、至るところに悔恨の色を入り込ませた。力強く弾くべき箇所は怒りっぽくなり、やさしく弾くべき箇所は悲しみに満ちた。ホール内の関心は、この音色の中でだんだんと弱まっていった。慎重におさえていた咳が聞こえ始めた。椅子が軋んだ。軽く頭を振る人たちがいた。しかしながら、まさにそれ、何物でもなくポゴレリチ自身が我々を聴くように仕向けている。秘密のささやき、低く話す声、遠くからは歌が聞こえる。我々の注意は、一応は彼に注がれてはいるが、もはやショパンにしか払われていない。そのショパンは、おそらく意図的だろうが、十分に新しい類の”深さ”だった。メフィストワルツも同じ手法で弾かれた。このヴィルティオーゾは全く力の衰えを見せなかった。しかしながら、この音楽家は嘆きの歌の拡がりといくぶん孤独な夢想をファウストの物語の中に聴かせることを知っているようだ。

彼はシベリウスの悲しきワルツを十分に破壊し、そこにもショパンやリストほどの内容の濃さでないにせよ、疑いも無く悲壮味が漂っていた。しかしながら、夜のガスパールはゆがめられた。この重い水のうねり、あいまいな描写の背後に、我々のオンディーヌを見つけることはほとんどできない。聴衆にもはやそれは魅力的なオンディーヌではなく、呪いと脅威のオンディーヌであることを受け入れさせるまで、彼はこの手法で深淵を鳴り響かせた。ゆがめられた?いや変換されたのだ。絞首台は、あまりに自由過ぎるがとても大胆なピアニッシモに到達した。真髄を極めるための努力、この音楽の所有する音のしつこさ、重大さ、そして悲劇ではなく、さらにひどいことに失望までをも蒸留する。スカルボは1mを超す怒りっぽく、無限に苦々しい地の精(注:本来は醜い小人の姿の妖精)となった。

要するに、ここにいる全員に、ある種のロマンティズムを刻み込んだ。それは涙を誘うロマンティズムでも勇敢めいたものでもない。それは、過ぎ去りし日々を思い静寂の中で泣いているような、起こるべきことが生じなかったことを嘆いているようなものである。このリサイタルは透明さと月光の神秘性を持ち合わせていた。静かな月の光、悲しくそして美しい、森の中の鳥たちを震えさせるような、、、あなたもご存知でしょう。

この緩慢空間によって強張った我々は、帰りを急ぐ人たちの出口で、一人のうんざりした男性が彼なりの評決を口にするのを聞いた。「少し悲しかった」と。少し悲しい?おやおや、それは(注:この男性がポゴレリチの演奏を全く理解していないことに対して)絶望的だった。つまり彼にとっては健康的だったのだ(注:演奏によって胸を締め付けられるといった健康を害することも感じなかったこの男性にとって)。つまり彼にとってはある意味素晴らしかったのだ。

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October 27, 2008

パリ公演評

10月23日のパリ(サル・ガヴォ)でのポゴレリチのリサイタルに関して、下記で批評や感想が読めます。

Colosse aux pieds d’argile
TRISTE ET BEAU Pogorelich, Salle Gaveau, le 23 octobre 2008

前者はConcerto,netの評で、タイトルは「見かけ倒しの人」、・・・褒めてなさそうな雰囲気です(逃)。後者はフランス語のブログ記事で、「悲しく、美しく」、・・・こちらは何か見るべきものがあったという内容か(汗)。私の仏語力は甚だいい加減で、新聞みたいに事実の羅列なら辛うじて読めることもあるのですが、こういう抽象的な概念になるとサッパリです。勉強と思って自分で読解に挑戦すべきなのですが、できましたら、どなたか、お助けを~(懇願)。

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October 25, 2008

兄は今月、弟は来月に

10月23日にパリ公演を行ったイーヴォ・ポゴレリチですが、サル・ガヴォのサイトを見ると、来月には今度は弟のロヴロ・ポゴレリチが、やはりパリ公演を行う予定になっています。

Saison Salle gaveau
23 octobre 2008
Ivo Pogorelich
Co-pro Salle Gaveau/Opéra Garnier

20 novembre 2008
LOVRO POGORELICH
JM Fournier Prod / Intrada

ロヴロのほうのプログラムは、
バッハ=ブゾーニ:シャコンヌ
シューマン:交響的練習曲 作品13
ムソルグスキー:展覧会の絵

が予定されています。
紹介記事を読むと、ロヴロがイーヴォの弟であることは触れられていますが、兄とは全く別の道を歩んでいるピアニストであるとも書かれています。実際に両者はピアノを学んだ過程も異なりますし、現在もほとんど接点はないであろうと思われます。ただ、ロヴロの今回の選曲は、イーヴォの手がけて来た曲と重なるもので、やはり兄弟で志向の似ている面はあるのかもしれません。

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September 06, 2008

9月以降の演奏会

ポゴレリチは今シーズン、ヨーロッパ各地での公演を行う予定です。年間予定に無かったものが急に発表になることもよくありますので、現地のファンの方、日本からのご旅行予定のファンの方は、チェックが欠かせないようです。以下が、9月以降の予定です。

9月16日 ギリシア公演 アテネAthenaeum International Cultural Centre
10月19日 ドイツ公演 プフォルツハイム ラフマニノフ2番の協奏曲
10月20日 ベオグラード公演を行いたいとポゴレリチが発言していた、本人の誕生日ですが、今のところ正式発表になっていないかもしれません。会場等、情報は来ていません)
10月23日 フランス公演 パリSalle Gaveau
10月26日27日 ポーランド公演 ワルシャワ(29日にはマスタークラスがあるらしいとのことですが、詳細不明です。ポーランド内のほかの都市でもリサイタルがありそうです)
10月31日 オーストリア公演 ウィーンGroßer Saal
11月16日 ドイツ公演 ミュンヘン

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August 17, 2008

今シーズンプログラム

10月31日にオーストリアのウィーン・コンツェルトハウスで行われる予定の、ポゴレリチのリサイタルのプログラムが出ていました。
Klavierabend Ivo Pogorelich

Frédéric Chopin:Nocturne Es-Dur op. 55/2 (1843)
Frédéric Chopin:Sonate h-moll op. 58 (1844)
Franz Liszt:Der Tanz in der Dorfschenke / Mephisto-Walzer Nr. 1 S 514 (1859-1861)
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Jean Sibelius:Valse Triste op. 44/1 (Kuolema) (1904)
Maurice Ravel:Gaspard de la nuit / Drei Gedichte für Klavier nach Aloysius Bertrand(1908)

前半がショパンの夜想曲作品55-2、ソナタ3番、リストのメフィスト・ワルツ、後半がシベリウスの悲しいワルツ、ラヴェルのガスパール。本当に実現するなら、素晴らしいラインナップだと思いますが、まだ時間があるので、プログラムは変更されるのかもしれません(苦笑)。

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August 05, 2008

後半の演奏活動

兄のイーヴォ・ポゴレリチのほうは、8月2日、ドイツのメクレンブルク=フォアポンメルン州にて、音楽祭に出演し、ロストフ交響楽団との共演でラフマニノフの2番を弾いたようです。当地ではこれがポゴレリチのデビュー公演(!)だったそうです。
Ivo Pogorelich debütiert mit russischer Klassik

8月15日には、ワルシャワでやはり音楽祭に出演します。
The 4th International Music Festival CHOPIN AND HIS EUROPE From Pogorelich to Tchaikowsky
15日から31日まで、半月に渡って開かれるフェスティバルで、日本からは小山実雅恵さんも参加されます。しかし、なぜポゴレリチの名がフェスティバルのタイトルにまでなっているのか(爆)。しかもこの音楽祭は、ショパン・コンクールの公式サイトに掲載されているのですが、ポゴレリチは、つまりワルシャワと和解(!?)したということなのか・・・。

また、11月16日のミュンヘン公演のチケットが売り出されており、プログラムはBeethoven, Liszt, Ravel, Sibelius, Albénizとなっています。シベリウスが何になるのか、大変興味あるところです。
Ivo Pogorelich, Klavier(München Ticket GmbH )

そういえば、前回来日時、こちら↓で、ポゴレリチ氏は「シベリウスの世界観について」語っていらしたようでしたね。どんなお話だったのか。彼の演奏にそれはどのように反映されるのか・・・。
紀尾井リサイタルの後日談(Yuko-Miyagawa Diary チェリスト日記)

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June 23, 2008

秋にウィーン公演

10月31日にポゴレリチはウィーンのコンツェルトハウスでリサイタルを行う模様です。10月20日の誕生日にはベオグラードで演奏会を、と以前言っていましたから、それが実現するならば、今年の秋は、これまでよくあったアメリカツアーではなく、ヨーロッパで過ごす予定のようです。

Großer Saal of Wiener Konzerthaus
Klavierabend Ivo Pogorelich
Friday, 31 October 2008, 19:30
Großer Saal
Performers
Ivo Pogorelich, Klavier
Programme
Wolfgang Amadeus Mozart
Fantasie d-moll K 385g (1786-1787 ca.)
Ludwig van Beethoven
Sonate f-moll op. 57 «Appassionata» (1804-1805)
***
Frédéric Chopin
Sonate h-moll op. 58 (1844)
Franz Liszt
Der Tanz in der Dorfschenke / Mephisto-Walzer Nr. 1 S 514 (1859-1861)
Subscription cycle
20 Pianisten A
Presented by
Wiener Konzerthausgesellschaft

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発表されているプログラムがどの程度信頼できるかはわかりませんが、モーツァルトの「幻想曲」、ベートーヴェンの「熱情」、ショパンの「ソナタ3番」、リストの「メフィストワルツ」、という予定のようです。「熱情」と「メフィスト」が予定曲目として挙がってくるのは過去にもあったことなので、彼がこれらを演奏会用に手がけたことは間違いないと思われます。あとは、本当に弾くかどうか(逃)。

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May 09, 2008

ポゴレリチ リスボン公演

5月4日に、ポルトガルのリスボンGulbenkian Auditoriumにてポゴレリチのリサイタルが行われ、アメリカ人の友人が聞きに行ってレポートしてくれました。

この公演は何週間も前にソールド・アウトになっていて、現地での関心の高さを物語っていたのですが、当日は期待に違わぬ素晴らしい公演内容だったとのことです(友人もファンなので多少、ひいき目はあるかもしれませんがファンとして大変満足していましたので、ポゴレリチのコンディション等、良い公演だったと思われます)。

プログラムは、ベートーヴェンの作品111、作品78、ブラームスの間奏曲、ラフマニノフのソナタ作品36、そしてアンコールはバラキレフのイスラメイ。ラフマニノフのときに特に、彼独特の引き延ばすようなテンポで、演奏時間も大変長かったようなのですが、その瞑想的なアプローチが聴衆には非常に好意的に受け入れられ、かたやベートーヴェンの作品111は、伝統的手法にのっとった演奏で、以前より10分近く演奏時間が短くなっていたとのことでした。

ポゴレリチは演奏会の前半と後半とでは、違う楽器を使用したそうです。後半のほうが明るい(brilliantな)響きのピアノだったようです。聴衆はエレガントで静か、最後はスタンディング・オベーションで演奏者を讃え、申し分のない雰囲気のリサイタルであった、ということでした。

以下、御本人の了解を得まして、ほぼ原文のまま掲載させて頂きます。

Dear Yoshiko,
I am happy to report that the Ivo Pogorelich recital yesterday at the Gulbenkian Auditorium, sold out weeks in advance, was a great success.
The program was Op. 111, followed by Op. 78 (Beethoven), Brahms Inntermezzo and then Rachmaninoff Sonata Op. 36, almost immediately followed by his chosen encore of Islamey.
The elegant and quiet audience (very quiet and respectful if one compares with some American audience I had witnessed) gave him a standing ovation at the end. The long stretch of time spent in the Ra chmaninoff, given it not a virtuoso but a meditation approach, was very well appreciated by the audience.
The Op. 111, on the other hand, was given a more traditional, 31 minutes approach (New York marks a 43 reported lenght, so I have read, 2 years ago).
An interesting point was that Maestro Pogorelich used one piano for the first part and another instrument, more brilliant sound, for the second.
I hope you find my quick review of interest. Sorry about the hurry, Lisboa is difficult to get by, and today is my last day! If you want to send this to the group, please feel free to do it.
Wishing you a good day, Best regards,

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