2007年 演奏会

November 25, 2008

2007年バーデン・バーデン公演評・和訳

先日来、大変お世話になっておりますぶぶか様が、さらに2007年5月26日の、バーデン・バーデン公演評Tradition et expériences insolitesを、フランス語から日本語に翻訳して下さいました。これは先日のColosse aux pieds d’argile(Concerto.net)(和訳はパリ公演評・和訳2)の三段落目で「過去記事参照」としてリンクされていた文章です。

原文のほうは、このときの音楽祭の一環で開催されたコンサート3種を批評しており、最初はヴェルディのオペラについてで、ポゴレリチの評は最後から2段落目のみ、最後はオペラ歌曲のコンサートについてとなっています。また、1段落目にポゴレリチの名前が出てきますが、1段落目は最近のこの音楽祭の陰りについての評で「ムターやポゴレリチはサルツブルグ音楽祭の要人と近年コンタクトがある」という一文で彼の演奏とは関係なく重要な箇所ではないそうです。ですので、ポゴレリチの演奏会評の部分のみを和訳して頂きました。題名は「伝統と風変わりな体験」、・・・ポゴレリチがそのどちらであるかは、評を読まずとも皆様の御推測の通りと思います(笑)。

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「伝統と風変わりな体験」より抜粋

一方で、唖然とするオリジナリティーのイーヴォ・ポゴレリチのリサイタルの一こまを忘れることは出来ない。その儀式は変わることは無く、我々はそれに慣れることさえできる。薄暗く、端を折られた楽譜をめくる譜めくり人が規則正しい間隔で彼のぎこちない影を広げる(正直にいうと、とても目障りなのだが)。演奏者の無表情さに我々は「彼はここにいることを本当に望んでいるのだろうか…」と自問する。これら詳細で気分を害するのは避けたほうが良く、むしろ減多に体験でき無いチャンスとして彼のピアノへの心の旅に浸るがままにしたほうが良い。時としてある種の金属的な輝きを与えつつ、ダイナミックさの幅は巨大である。しかしながら、むしろフレーズの柔軟性が通常ピアノに許された全ての境界を越えているようにも見える。その点に関しては、まずプログラムの最初に弾かれたブラームスの「間奏曲作品118-2」の常識を逸した遅さが、まるでレッスンのごとく我々を瞑想させ、いくらかのこまごまとした音がそこでは恐ろしい力を得ることができる。こんな遅さは何に良いのだろう?この態度、あまりに勝手優位な姿勢を声高に非難することもできるが…。疑いも無く、魅了されるがままにしたほうが良い。その上、プロコフィエフの「ソナタ第6番」との風変わりなつながりを許しつつ、聴衆はあまりに茫然として拍手することも忘れた。一歩も譲らない集中力を要するソナタは、まるで時計職人のような細心さとともに、それぞれ独自の価値をもった詳細なフレーズがつながり、そしてあまりに広大過ぎる解釈は境界を越え完全に無限大となった。

後半最初に弾かれたグラナドスの3つの「スペイン舞曲」もやはり奇抜な演奏で、リズムの正確さは寛大なスペイン的雰囲気を作品には許さない。打ち鳴らされる前打音、スローモーションで腰を振る様子、淫らさというより一層催眠術のよう、ドライポイントによるゴヤのデッサン、茫然とした現代性。ついには「夜のガスパール」だけが最近のポゴレリチを見出すだろう。それは根本的には彼のエキセントリックさを超えていたが、それでもピアニストでありつづけ、耳の破壊者ではなかった。「オンディーヌ」は隠し包まれた優美さを保っていたが、現在の彼のあまりにダイナミックな弾き方ではピアノのメカニズムはもはや通常どおりには機能しない。「絞首台」も同様に印象的で、主としてラベルによって指示された魔法によって弾かれた。「スカルボ」にいたっては、力強さというのは、ポゴレリチのような人でさえも何よりもまずミスをしないように集中しなければならないというような技術的要求を確認するためであった(十分に猛烈な譜読みだが、損なった箇所がかなりあった)。2回目に呼び出された際、アンコールとしてバラキレフの「イスラメイ」を通してとどろくような騎行を見せた。名演奏に等しい。それもそのはず、「スカルボ」のそれは着想を得たものではあったが、同時に筋力の強さの披露により音楽的には目がくらむほどの崩落であった。10ページちょっとあまりの驚くべき肉体的偉業の後、ピアニストは最後の挨拶をし、立ち去った。次回彼を見るのはいつの日か?

ローラン・バルテル

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November 18, 2008

2007年ストラスブール公演評・和訳

先日来、仏語記事をご紹介下さって、大変お世話になっておりますぶぶか様が、今度は2007年5月4日・6日の、ストラスブール公演評を和訳して下さいました。この文章は、先日のColosse aux pieds d’argile(Concerto.net)(和訳はパリ公演評・和訳2)の最初の段落中で「過去記事参照」としてリンクされていた文章です。

当日の曲目は、ラフマニノフの協奏曲2番と、プロコフィエフの交響曲5番で、批評文の最後の段落はプロコのほうに関する好意的な内容の文章だそうで、その部分はポゴレリチの演奏に直接の関係がないので、割愛した訳をして頂きました。

(原文は、こちらです→D’après Rachmaninov(Concerto.net))

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ラフマニノフによると

もうすぐ50歳を迎えるイーヴォ・ポゴレリチは、80年代の大人気ピアニストの象徴からは全く変わった。当時、発売される新譜は神託の暗号を解くかのごとく期待され、彼がコンサートホールに姿を見せると、そのような場所にはむしろ似つかわしくないような派手な騒ぎを引き起こしたものだった。その後これまでの間、この芸術家の私生活も健康状態も容易ではなく、数々のひどい軌跡を残しつつ、かつての若くて騒々しいスターを今日一抹の不安を抱える人間像へと変えた。我々が大いに推察した肉体的な力強さとは正反対の、ためらいがちな身動き、剃った頭、無表情、聴衆をただちに無視する奇妙な態度、このピアニストはすばやく着席するとホールが完全に静まる前に、すぐさまラフマニノフの協奏曲第2番の最初の音を弾き始めた。

この10年来、イーヴォ・ポゴレリチの数えるほどの稀なリサイタルを聴きに行けた人達にとっては、この風変わりな開始は驚きではないだろう。逆に、この芸術家の肉体的な見かけはむしろ良くなったように見える、おそらくこれまでの中でもっとも活動に時間を費やすと予告しているので(不確実だった録音が計画されそうなこと、彼のルガーノでの新居)。しかしながら、今回このピアニストを聴くことができたのは、近年の純粋なる快挙、または、思いがけない幸運であったのは事実だ。長らく表舞台から遠のいてはいたが完全に忘れ去られるべきではなかった一芸術家の、初期の録音(現在でも全て入手可能)によって残された強烈な印象が記憶にあるだけである。

思いがけない幸運?定期演奏会に来ているストラスブールの聴衆はおそらく特に意識はしなかったであろうが。というのは、イーヴォ・ポゴレリチのリサイタルがめったに行われないのであれば、彼がコンチェルトのソリストとして現れることなど非常に稀有なことである(その上、予定がほぼラフマニノフのコンチェルトの2番とさらにはプロコフィエフのコンチェルト3番にあてられている)。「もう私はオーケストラとは多くは演奏しない。つまらないので・・・」と昨年ドイツのメディアからの取材に応じ、このピアニストは宣言していた。そして確かに、直感的には、現在のポゴレリチの演奏の世界を我々は悪いほうに想像している。それは完全に主体的で、オーケストラがまとまるための必要最小限の規則によって共立可能なものである。始めの小節からひどく気をもませる。常識を逸脱した遅さのテンポ、さらにはメロディーの完全なる分解、有名な出だしは、まるで驚きの連続のように一つ、一つと発見しているかのようであり、もう理にかなった進行の音楽的要素ではない。しかしながらそこは、犠牲となったキリル・カラビッツのおかげである、まだとても若い指揮者である彼の開かれたエスプリのおかげで奇跡的な行程に成功し、いっぺんにくる要求も、常に警戒し、ついには頻繁にこの予測不可能なソリストとの局面を見出した。相反する二人の魅惑的な対話、指揮者の形勢は見た目には最もしなやかで、ある時は前に出(他に手段はないだろう、この永遠に終わらなさそうな対話のもとでは)、ある時は脇に寄るということを知っている。そしてこのコンチェルトを指揮するには鋼の神経が必要だと我々は想像できる。なぜならこのソリストがカデンツごとに突然テンポを半分に落とすので。時間のずれ(オーケストラはそれにいくらかついて行くが、直ぐにもとの状態にする)、およびオーケストラの音色を時としてにじませる”乱れ”をも避けるのが難しい。それでも、協奏曲の観念はこの極限状態ほど情熱的とは決して見えなかった。そして我々は、ストラスブールフィルハーモニック管弦楽団の音楽家たちが同様の注意と名演をもって挑戦に応じるのを楽しんだ。注意深く、完璧に彼らの仕事に没頭し、椅子にまっすぐ座りながら。この優美な様がフルートにも影響し、第二楽章での緊張の緩和と音楽的素晴らしさに満ちた挿入に成功した。そこは、惑わすようなこの世のものとは思えないピアノと、未熟なレモンの汁をさんざん浴びたショックの後で、我々も懸念していた箇所だったが、一度だけ心地よく緩和されたような気分になった(アダージョ・ソステヌート、テンポ・プリモの再提示部前の一小節)。

まさに瀬戸際に立たされて演奏された協奏曲、約100人の音楽家とたった一人との間で。その”一人”というのは自分勝手で、古くぼけた楽譜に鼻を突っ込み、譜めくり助手を伴っている。あえて言おう、もしポゴレリチ以外の誰かがこれと同様に有名な作品にて、この自由さの4分の1でも演奏しようものなら、それは邪道だ。しかし、類まれな実績ある音楽家が提案し、もし我々が彼の世界に入ることを受け入れたのであれば、それは純粋に魅惑的である。ルバートの観念をはるかに超え、この聞こえてくる音楽的自由さを持った新たな”ルバート”は、我々がちょっと早くに盗んだ”遅れ”を若干長く持ちこたえなければならない。ポゴレリチは好きで遅れており、全く追いつこうともせず、もはや構築もせず、面白く詩的な放浪をただ引き起こさせるだけだ。それは、彼自身が幻想的で苛まれた世界を創造しつつも、そこでは、それぞれが自分の好みに合った、アルノルト・ベックリン、エドヴァルド・ムンクまたはジェームズ・アンソール達のような不吉な痕跡を見つけ出すことができる。驚きと意外な隠蔽への旅(オーケストラの存在にピアノの旋律はえてして消えうせるが、突然のアクセント、さらには対旋律が前代未聞の立体感で不意に現れるおかげで、そこに完全に溺れているわけではない)。好んで弾かれるラフマニノフのコンチェルト2番が、これほどまでに濃密で、究められ、増え、そして理屈に合わないことに、ほとんどどぎつくないように思われる事は決して無いだろう。なぜなら仮にポゴレリチの演奏がただ変動的なだけであるなら、彼は全ての俗っぽさを避け、どんなに大きく急な進路変更の最中であっても、作品に対しての厳格な印象を守り、あまりに簡易な感情に対して、静かに軽蔑した態度を保つであろう。奇跡と不可解さを同時に併せ持っている。聴く以外には正確に表現できない。このピアニストを信用し、導かれるままにし、破片ひとつさえも失わずにいるにせよ、または完全に外野に留まり非難することもできる。このどちらの態度も平等に尊重すべきである。しかし、聴衆の静粛の度合いを聞く限り、彼は多数決により1番目の選択をしたのではないかと推測できる。

ローラン・バルテル

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October 28, 2007

ドルトムント公演

2007年秋から2008年にかけてのシーズンについては、あまり情報がなかったのですが、下記のサイトで11月13日にドルトムント公演が行われると思われる情報が見つかりました。

ERSATZKONZERT FÜR YUNDI LIと冒頭に書いてあるので、私の読解が間違っていなければ、ユンディ・リの代演(ユンディ・リがキャンセルしたか何か?)でポゴレリチが弾くようです。

Klavierabend Ivo Pogorelich
Di. 13.11.2007, 20:00 Uhr
Klavierabend Ivo Pogorelich
(Klavier)
Ludwig van Beethoven
Sonate für Klavier Nr. 32 c-moll op. 111
Ludwig van Beethoven
Sonate für Klavier Nr. 24 Fis-Dur op. 78
Johannes Brahms
Intermezzo A-Dur op. 118 Nr. 2
Sergej Rachmaninow
Sonate für Klavier Nr. 2 b-moll op. 36

Für Rückfragen kontaktieren Sie bitte unser Ticketing unter T 0231 22 696 200 oder Fax 0231 22 696 222.

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September 29, 2007

9月14日ブレシア公演

Yahoo!のポゴレリチGroupに、9月14日の、イタリア・ブレシア公演のレポートが投稿されていました。曲目は下記の通りです。アンコールは無しです。

ベートーヴェン:ピアノソナタ作品111
ベートーヴェン:ピアノソナタ作品78
ブラームス:間奏曲作品118-2
ラフマニノフ:ピアノソナタ第2番作品36

投稿者の方は、ポゴレリチによる、これらの曲目の演奏が、一般的な印象としては違和感を与えるものであることを認めたうえで、自分にとっては非常に首尾一貫した説得力あるものだったと、結論としては好意的に書かれています。

演奏については実際に聞いていないので、私は想像するのみですが、それは別として、ファンとしては、そろそろ、全く違う曲も聴いてみたいという欲求がおさえられなくなってきました。若い頃から、ポゴレリチは同じ曲を繰り返し取り上げ、幾通りもの考えを示してみせるタイプのピアニストではありましたが、ここ数年、あまりに限定された何曲かだけで、ぐるぐるとプログラムを組んでいるような印象が、どうしても、拭い去れません。パッショナータはどこへ行った!?メフィストは!?

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July 26, 2007

台湾で協奏曲

国立台北教育大学でマスタークラスを行ったあと、ポゴレリチは9月30日、現地オーケストラ国家交響楽団との共演で、自分の公演も行う予定になっています。曲目は、チャイコフスキーの「スペードの女王」「イタリア綺想曲」「眠りの森の美女」、ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番です。

http://nso.ntch.edu.tw/
2007/9/30 14:30 National Concert Hall
美麗的回憶
發現柴可夫斯基系列二
指揮/漢斯‧洛特曼
鋼琴/波哥雷里奇 (=ポゴレリチ)
柴可夫斯基:《黑桃女王》序曲
柴可夫斯基:義大利綺想曲
柴可夫斯基:《睡美人》芭蕾組曲
拉赫瑪尼諾夫:第二號鋼琴協奏曲

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台湾でマスタークラス

ポゴレリチが9月17日~22日の約一週間にわたって、国立台北教育大学でマスタークラスを行います。愛弟子のグウィニス・チェンが助手を務めるようです。

國立臺北教育大學
2007波哥雷里奇大師(Ivo Pogorelich)鋼琴研習營
2007年9月17日(週一) 至 9月22日(週六)
鋼琴大師:波哥雷里奇 大師
藝術總監兼大師教學助理:陳毓襄 教授
行政總監:劉瓊淑 院長
2007波哥雷里奇大師(Ivo Pogorelich)鋼琴研習營

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April 22, 2007

2月の台湾公演

今年1月の日本公演のあと、ポゴレリチは台湾にまわり、現地出身の女流ピアニストであるグウィニス・チェンと二度に渡ってジョイント・リサイタルを行いました。

グウィニス・チェンは、イーディス・チェンの名で93年第1回ポゴレリチ国際コンクールにおいて最高位を獲得した、現在37歳になる女流ピアニストです。ポゴレリチはコンクール当時から彼女のことを、She is too good to be true(あり得ないほど素晴らしい)と誉めており、亡きケジュラッゼ女史も彼女には特別に目をかけてレッスンを行っていました。

今回の演奏会は、2月10日台中・2月11日台北と、二カ所で続けて行われ、演奏された曲目は以下の通りでした(太字がポゴレリチの演奏曲目です)。チラシは、こちら

ショパン:夜想曲変ロ長調作品9-1
ショパン:夜想曲ホ長調作品62-2
ラフマニノフ:前奏曲変ホ長調作品23-6
ラフマニノフ:前奏曲変ロ長調作品23-2
ラフマニノフ:楽興の時作品作品16-1&6
リスト:超絶技巧練習曲集第10番ヘ短調
シュトラウス:「美しく青きドナウ」のアラベスク
ブラームス:奇想曲嬰ヘ短調作品76
ブラームス:間奏曲ト短調作品118
シューマン:トッカータ作品7
グラナドス:スペイン舞曲作品37-5&12
グラナドス:アルゼンチン舞曲作品2
ビゼー:カルメン変奏曲

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February 18, 2007

2007年ドイツ公演プログラム

3月12日にポゴレリチが行う予定のリサイタルですが、いつのまにかプログラムが変更されていました。以前は、ベートーヴェンの熱情とリストのメフィストワルツ、それにグラナドスのスペイン舞曲だったと思うのですが、コンサートの主催者サイトによると、これが、

クレメンティ:ふたつのソナチネ
プロコフィエフ・ピアノ・ソナタ第6番 イ長調 作品82
グラナドス:スペイン舞曲集作品37より三曲
ラヴェル:夜のガスパール

に変わっていました。他のドイツ公演関連のサイトでは、まだベートーヴェンとリストのプログラムがそのまま掲載されていますが、多分、この新しく変更されて出てきた曲目のほうが正しいだろうと思います。

クレメンティは来日公演では95年のプログラムにあって、ソナチネ ハ長調 作品36-3 と ソナチネ ヘ長調 作品36-4 でしたので、多分、今回もこの二曲なのだろうと思います。

私としては、熱情とメフィスト、という新しい二曲には心躍るものがあったのですが、それに較べると変更後の曲目は、これまでいつかどこかで聴いたことのあるものばかり(^_^;)で、目新しさという意味ではやや見劣りがする感じがします。ですが、昨今のポゴレリチの演奏では、これらが以前の演奏と似たものである筈がなく、懐かしい曲目を再度取り上げて新しく演奏するという今回の企画も、ファンとしてはなかなか興味深いものだとも思います。

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January 19, 2007

マスタークラス詳細2

信天翁の熟睡の、ぽんず様が、非常に詳細な、ポゴレリチのマスタークラスの模様をUPして下さいました。ありがとうございました!

ポゴレリッチ、マスタークラス

素晴らしく読み応えのあるレポで、当日の様子を様々に想像しながら読ませて頂きました。ポゴレリチはモスクワ音楽院でディプロマを受けた自分の経歴に誇りを持っており、世界でも最も正統な音楽教育のひとつを基礎から叩き込まれた人間であるという意味のことを、以前、インタビューで発言していましたが、こうした学習者向けの彼の言葉を聞くと、そのことが実感できる気がします。

録音もしていなければ演奏会の場で弾いたこともない曲目を、多数、「例」としてポゴレリチが弾いてみせたことは、ファンとしては「是非聴きたかった!」と思う内容ですね。ひとつの曲を弾き方を変えていろいろと実演して見せた箇所にも興味をそそられました。

受講生の方々がまたいずれ劣らぬ見事な演奏者だったようで、その点も聴き応えのある素晴らしいマスタークラスであったことが、ぽんず様のレポから伝わって来ました。

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January 17, 2007

ポゴレリチからのメッセージ

今回の来日公演に関して、ポゴレリチ本人が案内しているメッセージの映像を見ることができます。
『イーヴォ・ポゴレリッチ(ピアノ)氏よりe+独占コメントが届きました!』


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